コハガラナクテモイヽ 有体的復活は確実だ
東京聖書読者会 高橋照男 2011.4.3
「南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ」
宮澤賢治(1896-1933)の「雨ニモマケズ」は死後に偶然発見された。賢治は1896年の陸羽地震と1933年には三陸沖地震を経験していて、大津波による海岸の悲惨さも知っている。
【怖がらなくてもいい、有体的復活は確実だ】
*怖がらなくてもいい、有体的復活は確実だ
*証拠は?
*空になった墓の史実と有体的復活を信ずる人達(教会)の2千年の伝統
【神は災難を通して真の平安と希望を与えてくださる】
*地上の地震で天には振るわれない国があることを教えられる
*家屋の喪失で霊魂は永遠の住居(すまい)に住むべきことを教えられる
*飢饉で人間には永遠の命という本当の食べ物があることを教えられる
*神は災難を通して真の平安と希望を与えてくださる
【死の恐怖からの解放である福音】
*人間は全生涯死の恐怖の奴隷である。肉の死の恐怖は霊魂の死の恐怖の予形
*有体的復活の信仰は、人を捨て身で生きさせる。人生は長寿が目的ではない
【イエスは復活観の間違いを指摘した。その内容は日本人にも向けられている】
*来世は地上生活の続きではなく、新生して全く違った霊の復活体になる
*来世の復活では地上の親子関係、夫婦関係、子弟関係、教派もなくなる
*復活観の間違いは「神の力」というものを知らないことが原因
【「神の力」とは何か。】
*聖書の言葉の深い意味を探るには「聖書で聖書を読む」ことが効果的
*「神の力」で「心の目」が開けられる時に有体的復活の希望が与えられる
【復活は霊魂不滅思想ではない。眠った死人の神の力による有体的復活である】
*死は眠り。肉体の死に伴い霊魂は終末の復活の時まで神の懐に隠されている
*終末(来世)において神に名前を呼ばれて霊の体で有体的に復活する
【どうしたら生きているうちに死後の有体的復活を信じられるようになるか】
*有体的復活は聖霊が教えてくれる。大脳皮質で如何に努力しても分からない
【最後の日には悪人でも裁きの座において無理に義の衣を与えられる】
*善人も悪人も最後の日に裁きの座に無理に呼び出される
*裁きの座で与えられる衣を着ない人は霊魂の死である「第二の死」となる
*有体的復活、それは希望の喜び。体を殺しても魂を殺せない者を恐れるな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【怖がらなくてもいい、有体的復活は確実だ】
*怖がらなくてもいい、有体的復活は確実だ
塚本訳Tコリ15:3-5
15:3
まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
*証拠は?
塚本訳Tコリ15:12
15:12
ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
*空になった墓の史実と有体的復活を信ずる人達(教会)の2千年の伝統
塚本訳
ヨハ 20:6-9
20:6
続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7
また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8
すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。
塚本訳Tコリ15:5-7
15:5
またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。
15:6
そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。
15:7
そのあと(御兄弟の)ヤコブに、それから使徒一同に、御自分を現わされた。
塚本訳 使 10:39-41
10:39
──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。 10:40
(しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。
10:41
(ただし)国民全体でなく、神からあらかじめ選ばれていた証人であるわたし達、すなわちイエスが死人の中から復活されたあとで、一緒に飲み食いした者(だけ)に見えたのです。
【神は災難を通して真の平安と希望を与えてくださる】
*地上の地震で天には振るわれない国があることを教えられる
塚本訳 ヘブ
12:28
12:28
だからわたし達は(永遠に)揺り動かぬ国を授かったのだから、(神に)感謝しようではないか、それによって敬虔と畏怖とをもって、お気に入るように神を礼拝しようではないか。
*家屋の喪失で霊魂は永遠の住居(すまい)に住むべきことを教えられる
塚本訳ヨハ
14:1-2
14:1
(あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。
14:2
父上のお家には、沢山住居(すまい)がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。
*飢饉で人間には永遠の命という本当の食べ物があることを教えられる
塚本訳 ヨハ
6:47-50
6:47
アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしを)信ずる者は永遠の命を持つ。
6:48
わたしが命のパンであるから。
6:49
あなた達の先祖は荒野でマナを食べたけれども、死んだ。(天から降って来たが、永遠の命がないからだ。)
6:50
それを食べれば死なないもの、これが(本当に)天から下ってくるパンである。
*神は災難を通して真の平安と希望を与えてくださる
口語訳
エレ 29:10-11
29:10
主はこう言われる、バビロンで七十年が満ちるならば、わたしはあなたがたを顧み、わたしの約束を果し、あなたがたをこの所に導き帰る。
29:11
主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。
塚本訳マタ
6:25-26
6:25
だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26
空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
【死の恐怖からの解放である福音】
*人間は全生涯死の恐怖の奴隷である。肉の死の恐怖は霊魂の死の恐怖の予形
塚本訳ヘブ
2:15
2:15
死を恐れ、全生涯(その)奴隷になっている彼ら(人類)を(のこらず)釈放するためであった。
*有体的復活の信仰は、人を捨て身で生きさせる。人生は長寿が目的ではない
塚本訳マタ
26:39
26:39
そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」
【イエスは復活観の間違いを指摘した。その内容は日本人にも向けられている】
*来世は地上生活の続きではなく、新生して全く違った霊の復活体になる 塚本訳
ヨハ 3:5-7
3:5
イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6
肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7
『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
塚本訳
コロ 3:10
3:10
新しい人間を着よ。この新しい人間はいよいよ新しくされて、彼を創造り給うた御方の『像に肖(あやか)って』(遂に完全なる)知識に達するのである。
*来世の復活では地上の親子関係、夫婦関係、子弟関係、教派もなくなる
塚本訳
マコ 3:33-35
3:33
イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ」と答えて、
3:34
自分のまわりを取りまいて坐っている人々を見まわしながら、言われる、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
3:35
神の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母である。」
塚本訳
ルカ 20:34-36
20:34
イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36
復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。
*復活観の間違いは「神の力」というものを知らないことが原因
塚本訳 マタ
22:29
22:29
イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。
【「神の力」とは何か。】
*聖書の言葉の深い意味を探るには「聖書で聖書を読む」ことが効果的
ロマ 1: 16 [新共同
わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。
Tコリ 1: 18 [新共同
十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。
Tコリ 1: 24 [新共同
ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。
Tコリ 2: 5 [新共同
それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。
エペ 1: 19 [新共同
また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。
*「神の力」で「心の目」が開けられる時に有体的復活の希望が与えられる。
新共同
エペ 1:17-19
1:17
どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、1:18
心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。
【復活は霊魂不滅思想ではない。眠った死人の神の力による有体的復活である】*死は眠り。肉体の死に伴い霊魂は終末の復活の時まで神の懐に隠されている
塚本訳
マタ 9:24-25
9:24
言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。
9:25
群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。
塚本訳
コロ 3:2-4
3:2
(常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3
君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4
(しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡(うち)に顯れるであろう。
*終末(来世)においては神に名前を呼ばれて霊の復活体で有体的に復活する
塚本訳
ヨハ 11:43-44
11:43
こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44
死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。
【どうしたら生きているうちに死後の有体的復活を信じられるようになるか】
*有体的復活は聖霊が教えてくれる。大脳皮質ではどう努力してもわからない塚本訳
Tコリ2:14
2:14
しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。
塚本訳
Tヨハ2:27
2:27
しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。
口語訳
エペ 1:14
1:14
この聖霊は、わたしたちが神の国をつぐことの保証であって、やがて神につける者が全くあがなわれ、神の栄光をほめたたえるに至るためである。
【最後の日には悪人も裁きの座において無理にでも義の衣を与えらえる】
*善人も悪人も最後の日に裁きの座に無理に呼び出される
塚本訳 ヨハ
5:29
5:29
(墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。
塚本訳 マタ
22:9-10
22:9
だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10
家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
塚本訳 使 24:15-16
24:15
(また)この人たち自身もいだいている(復活の希望、)正しい人と正しくない人との復活が来ようとしているという希望を、神に対して持っているのであります。
*裁きの座で与えられる衣を着ない人は霊魂の死である「第二の死」となる
塚本訳マタ
22:12-13
22:12
その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13
王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
塚本訳黙 2:11
2:11
耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。
*有体的復活、それは希望の喜び。体を殺しても魂を殺せない者を恐れるな
塚本訳マタ
10:28
10:28
体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
塚本訳Tコリ13:13
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!