異教人ポンテオ・ピラトの意義 

                   東京聖書読者会 2014.2.2 高橋照男

 

使徒信条第4条

ポンテオ・ピラトの時苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)に下り、

 

塚本訳 ヨハ 1:14

1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。

 

@ キリストとピラトの史実性。非キリスト教側による物的および文献的資料

 

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                    ピラトがティベリウスに献上した建物の銘板

 1961年カイザリヤ出土)ラテン語

 イエス在世時のローマ皇帝 ティベリウス      一行目 ティベリウス

 (在位AD14-37)                          二行目 ポンティウス・ピラトゥス

 

1)ピラトとイエスの時代的関係

ピラト ローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督。在任期間AD2636

イエス 生年BC46(?)−没年AD3033年。十字架による処刑はピラト在任中。

 

2)タキトゥス(ローマ帝国の歴史家で非キリスト教徒)著『年代記』15章44.岩波文庫青408-3 国原吉之助訳 p269

「それは、日頃から忌まわしい行為で世人(せじん)から恨み憎まれ、『クリストゥス信奉者』と呼ばれていた者たちである。この一派の呼び名の起因となったクリストゥスなるものは、ティベリウス(イエス在世当時のローマ皇帝・・・高橋注)の治世下(AD14-37年・・・高橋注)に、元首属吏ポンティウス・ピラトゥスによって処刑されていた。」

●これは異教の文献における最初のキリスト処刑への言及として有名。「日頃から忌まわしい行為」とは嬰児殺しと人肉嗜食(ししょく)と近親相姦のこと。(同上訳註、P373

 

3)ヨセフス(ユダヤ教の歴史家・・・後半人生はローマに厚遇された)「ユダヤ戦記」H-23(山本書店ヨセフス「ユダヤ戦記T新見宏訳 p254-255」)

 「ピラートスがティベリオスによって総督に任命され、ユダヤにつかわされると、夜ひそかにカイサルの像を隠してエルサレムに運び込んだ。これは軍旗と呼ばれるものである。夜が明けるとユダヤ人の間にははなはだしい騒ぎが巻き起こった。その場に近く居合わせた人々は、彼らの律法がふみにじられたと思って大声でののしった。律法はこの町の中にいかなる偶像を建てることも禁じているからである。町の住民たちの怒りに、地方から出てきた民衆が加わって騒ぎは大きくなった。

 

4)ヨセフス「ユダヤ戦記」H-4(山本書店ヨセフス「ユダヤ戦記T新見宏訳 P256

「この事件ののち、彼ら(ピラートス・・・高橋注)は水道の建設にあたり、コルポーナス(マタイ276 コルバン・・・高橋注)と呼ばれる神聖な宝物を売り払って、またもや新しい騒ぎをひき起こした。この水道によって水は400スタディオン(約74キロメートル・・・高橋注)はなれたところから運ばれたのである。民衆はこれをいきどおり、たまたまエルサレムを訪れていたピラートスの官邸をとり囲んでののしり叫んだ。ところが彼はこのような騒ぎを予想していたので、あらかじめ兵士たちを群衆にまぎれこませておき衣の下に武装を隠し,剣を抜くかわりに棍棒で暴徒を打つように命じておいたのである。そして彼は総督の座から、かねて定めの合図を送った。

 

5)ヨセフス「ユダヤ古代誌」][B1(山本書店ヨセフス『ユダヤ古代誌』新約時代篇4秦剛平訳 p38

 「さて、ユダヤの総督ピラトスは、カイサレイアから軍隊を率いてエルサレムにある冬期の陣営に移動した。」

 

B イエスは「死人を蘇らす奇跡を起こす男」との風評は史実

 

1)塚本訳 ルカ 7:15-17

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

 

2)塚本訳 マタ 9:24-26

9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

9:26 この評判がその土地全体に広まった。

 

3)塚本訳 ルカ 23:8

23:8 ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。というのは、イエスの噂を聞いて、だいぶ前から会ってみたいと思っており、また何か奇跡をするのを見たいと望んでいたからである。

 

C 暗黒のローマ帝国にキリスト教徒の集団により光が射した。

 

1)歴代ローマ皇帝の在位期間と死因 暗殺か自害が多いその暗黒性

 

 皇帝名     在位期間        没年と死因

アウグストス   BC27−AD14    14 自然死

ティベリウス   AD14−37     37 自然死(暗殺説あり)

カリグラ     AD37−41     41 暗殺

クラウディウス  AD41−54     54 暗殺

ネロ       AD54−68     68 自害

 

2)末期的世界に光をもたらしたキリスト教徒たち。闇が深まって光は強く輝いた。

 

ヒルティ幸福論V(白水社版、杉山好・前田護郎訳 p95

「わがなんじになさんとするは、驚くべき事なり」

「(今日の暗さは・・・高橋注)ローマの皇帝時代の最初の二世紀について知られているところとある点でよく似通っている。そしてその時に生まれてまもないキリスト教は、一見絶望的に老衰し、死滅にひんした感じの世界に、新しい生命力を吹き込み、官能的な美と人間的な知恵による喜びよりもすぐれた人生の目的を与える使命をゆだねられた。それは困難な課題であったにもかかわらず解決された。世界はもういちど甦って、夢にも考えられない精神力と生命力を獲得した。初代の信徒たちの小さな群を目のあたりに見た当時の人には、およそ想像もつかないことであった。」

 

3)「光の子」としてのキリスト信者の実在が歴史を動かした。

 

4)塚本訳 ピリ 2:15

2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである。

 

5)塚本訳 Tペテ2:9

2:9 しかし君達は『選ばれた種族、王なる祭司、聖き民族、』神の『所有物なる民』(である。そして君達がかく神の所有物となったのは、)君達を暗から驚くべき光へと召し給うたお方の『功業(いさおし)を宣べるためである』。

 

6)塚本訳 エペ 5:8-9

5:8 君達はかつては暗であったが、今は主に在って光である。光の子らしく歩け──

5:9 光の果実(み)はあらゆる善と義と真であるから──

 

D ピラトの残虐非道性と失脚の原因

 

1)ピラト失脚の原因

ヨセフス「ユダヤ古代史」][ C12 塚本虎二著作集第7巻p325に要約がある。

「最後に彼の命取りになった事件も要するに彼一流の暴力政治が祟(たた)ったのであった。サマリヤのゲリジム山にはモーセ時代から宮の器具が埋蔵されていると一般に信じられていたが、この頃一人の偽預言者が出てそれを見せると言い、群衆が武装して登山して見に行こうとするのを、ピラトは軍隊をもって攻撃し、あるいは殺しあるいは捕縛した。サマリヤ人はこれを時のシリア総督ピテリウスに訴えたため、ピテリウスは彼を免職しローマに行って皇帝の前に弁明すべく命じ、マルケロスを後に据えた。」

 

E異教人ピラトの意義。イエスに皇帝への反逆罪を見出さなかった。

 

1)塚本訳 ヨハ 19:6

19:6 すると大祭司連や下役らはイエスを見て、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫んだ。(イエスのみじめな滑稽な姿を見ては、さすがのユダヤ人も心をやわらげるであろうという、ピラトの当てははずれた。)ピラトが言う、「(もし、そうしたければ、)お前たちがこの人を引き取って、十字架につけたらよかろう。この人には罪を認められない。

 

2)塚本訳 ヨハ 18:35-38

18:35 ピラトが答えた、「このわたしを、ユダヤ人とでも思っているのか。お前の国の人たち、ことに(その代表者の)大祭司連が、(その廉で)お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしでかしたのか。」

18:36 イエスが答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであったら、わたしの手下の者たちが、わたしをユダヤ人に渡すまいとして戦ったはずである。しかし実際のところ、わたしの国はこの世のものではない。」

18:37 そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。」

18:38 ピラトがたずねる、「真理とは何か。」、ピラトはこう言ったのち、またユダヤ人の所に出ていって言う、「あの人にはなんらの罪も認められない。

 

3)塚本訳 ルカ 23:13-14

23:13 ピラトは大祭司連をはじめ、(最高法院の)役人たち、および民衆を呼びあつめて、

23:14 言った、「お前たちはこの人を民衆をあやまらせる者だと言って引いてきたので、このわたしがお前たちの目の前で取り調べたが、訴えの廉では、この人に何の罪も認められなかった。

 

4)塚本訳 ヨハ 19:20

19:20 多くのユダヤ人がこの捨札を読んだ。イエスが十字架につけられた場所は、都に近かったからである。かつ捨札は、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書いてあった(ので、だれにでも読むことが出来た。こうしてピラトは、イエスが救世主であることを全世界に証ししたのであった。)

 

5)塚本訳 マコ 15:37-39

15:37 しかしイエスは(それを受けず)大声を放たれるとともに、息が絶えた。

15:38 (その途端に、)宮の(聖所の)幕が上から下まで真っ二つに裂けた。

15:39 イエスと向かい合ってそばに立っていた百卒長は、こんなにして息が絶えたのを見て、「この方は確かに神の子であった」と言った。

 

Fこの世の組織の一員としての立場と、自己の良心の板挟みで苦しんだピラト。

 

1)塚本訳 マコ 15:12-15

15:12 ピラトはまた彼らに言った、「では、お前たちがユダヤ人の王と言っているあの人を、どうしようか。

15:13 「それを十字架につけろ」とまた人々が叫んだ。

15:14 ピラトは言った、「いったいどんな悪事をはたらいたというのか。」しかし人々はいよいよ激しく、「それを十字架につけろ」と叫んだ。

15:15 ピラトは群衆の機嫌を取ろうと思ってバラバを赦してやり、イエスを鞭打ったのち、十字架につけるため(兵卒)に引き渡した。

 

2)塚本訳 マタ 27:24

27:24 ピラトは(自分のすることが)なんの甲斐もないばかりか、かえって騒動が起りそうなのを見て、水を取り寄せ、群衆の前で手を洗って言った、「わたしはこの人の血(を流すこと)に責任をもたない。お前たちが自分で始末しろ。

 

3)(岩波キリスト教辞典p939 佐藤研)

「最古の福音書ですら、ピラトはイエスの処刑には積極的でなく、群衆の要求で仕方なく磔刑にしたという〔マルコ151-15〕が、これはイエスの死についてのローマ側の責任を軽減しようとする護教的記述ではないかと疑われている。」

 

G ピラトの妻

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           塚本訳 マタ 27  1)塚本訳 マタ 27:19

27:19 ピラトが裁判席に  ピラトが裁判席に着いているとき、その妻が彼の所に人をやっ            つて、「その正しい人に関係しないでください。その人のおかげで           げで、昨夜夢で散々な目にあいましたから」と言わせた。

 

てて、「その正しい人に  

 

 

クラウディア・プロクラ http://blog.livedoor.jp/rurudonoizumi/archives/52088825.html  

ピラトの妻で、半ば伝説化された実在人物。ギリシャ正教会では聖列に加えられている。 ル・フォール著作集4「ピラトの妻」 訳注p289

 

2)この世の組織の中で悩み苦しんだ人達。その悩み苦しみそのものに意義がある。

 

3)塚本訳 ルカ 1:3-4

1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、

1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。

 

4)塚本訳 ロマ 13:1

13:1 人は皆上に立つ(国家の)官憲に服従せねばならない。神からではない官憲はなく、現存の官憲は(ことごとく)神から任命されたものであるから。

 

5)塚本訳 ヨハ 19:38-40

19:38 そのあとで、アリマタヤ生まれのヨセフが、──この人はユダヤ人(の役人たち)を恐れて、隠れてイエスの弟子になっていた人である──ピラトに、イエスの体を取りおろしたいと願い出た。ピラトが許すと、彼は行って体を取りおろした。

19:39 すると以前に、夜、イエスの所に来たニコデモも、没薬と沈香とを混ぜた物を百リトラ(三十二キロ八百グラム)ばかり持って来た。

19:40 彼らはイエスの体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、香料をふりかけた亜麻布でこれを巻いた。

 

6)ニコデモ福音書(ピラト行伝)・・・4世紀頃の護教的な文書、イエス殺しはユダヤ人の責任だというもの。教文館「聖書外典偽典6」p179, 講談社「新約聖書外典」p49  いずれも田川建三訳)。

 

2章1節

「ピラトはこれを見て恐ろしくなり,裁きの座から立ち上がろうした。そして、まだ立ち上がろうかどうかと迷っている時に、彼の妻が人をつかわして来て、こう言わせた、「あなたとその正しいお人との間には何の関わりもございません。わたしは夜(夢で)そのお人のためにひどく苦しみましたから(マタイ2719)。ピラトはユダヤ人をみな呼んで言う。「お前たちは世の妻が信心深く、むしろお前達と同様ユダヤ教にこっている、ということは知っているだろう」。「確かに存じあげている」。「実は余の妻が余のもとに人をつかわして、余とあの正しい人との間には何の関わりもなく、そのためにあれは夜ひどく苦しんだ、と言ってよこしたのだが」。「だから貴下にこの男は魔法使だと申し上げたではないか。この男が奥方に夢を見させたのだ」。

 

7)マタイ2719 .黒崎幸吉の注解。

伝説によれば妻の名はクラウデヤ・プロクラであった。彼女はおそらくイエスのことを耳にし内心に尊敬を表(あらわ)していたのであろう。この夢は神の御旨を示す意味はなく、正直なる女性の直観に往々利害を基礎とせる政治家等の判断よりも正しきものがあることを示すものと見るべきであろう。この夢の記事はマタイ伝特有である。

 

8)マタイ2719 塚本虎二の解説(塚本虎二著作集第7巻p326

妻クラウデヤ・プロクラもギリシャ教会では聖者とされ、十月に祭日がある。しかし同時に、(ピラトには・・・高橋注)キリストを十字架につけたことに対する教会の非難も相当に強く、そのことが彼の死に様について色々の伝説を生んでいる。彼がローマに着く前にチベリウス皇帝は死んだが、カリグラ帝の時自殺したとも、ネロの時に処刑されたとも伝えられる。あるいはイエスを助け得なかったためチベリウスから死刑の宣告を受けて自殺したとか、あるいはそのとき妻と共に悔改め、天より赦免の声が来たとかいう伝説もある。

 

F「裁判問答」をイエスはピラトを赦していたという観点から見ると良く解る

 

1)塚本訳 ヨハ 18:33-34

18:33 そこでピラトはまた総督官舎に入り、イエスを呼びよせて言った、「お前が、ユダヤ人の王か。」

18:34 イエスが答えられた、「あなたは自分の考えでそう言われるのか、それともだれかほかの人たちが、わたしのことをそうあなたに言ったのか。」

 

2)塚本訳 ヨハ 19:10-11

19:10 するとピラトが言う、「このわたしに口をきかないのか。わたしはお前を赦す権力があり、お前を十字架につける権力があることを、知らないのか。」

19:11 イエスは答えられた、「あなたは上[神]から授けられないかぎり、わたしに対してなんの権力もない。だから(あなたの罪はまだ軽いが、)わたしをあなたに売った者[ユダ]の罪は、あなたよりも重い。(あなたは官憲として神の命令を行なうだけだが、彼は自分の発意でやったのだから。)」

 

3)塚本訳 ルカ 23:33-34

23:33 髑髏(しゃれこうべ)という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。

23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

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