聖書で聖書を読む

ルカ福音書

イエスの誕生のお告げ(ルカ1:26−38)

●なぜ処女降誕か・・・世の罪をとりのぞく為には罪なき「神の小羊」が必要

●聖書の使信・・・神は人の罪を贖われた。罪なきイエスの死はその見える徴

2015年11月1日 東京聖書読者会 高橋照男


●基本信条(世界信条)


 @使徒信条。2世紀

       ・・・・・・・・・・その御子、我らの主、処女より生まれ

Aニカイアコンスタンティノポリス信条。4世紀

・・・・・・・聖霊と処女マリヤより肉体をとりて人となり

Bカルケドン信条。5世紀

・・・・・・・・神の母なる処女マリヤより生まれたまえり

Cアタナシウス信条(トレド会議版)。5〜6世紀

・・・・・・・処女マリヤの胎(異本、胎内において聖化)

 

・キリスト教各派はこのいずれかに依拠。「処女より」という言葉が共通。
主は神の意志で生まれた事の信仰表明。これが2千年間連鎖してきた三位一体の信仰。大脳皮質では把握できず、霊の啓示で初めて共感できる不思議な真理。

・無教会は「聖書自身」が信条。その本質である三位一体の正統信仰を信じることよって2千年の教会史に接続している。

・無教会は内村以来「三位一体」という神学用語を使用せずに、強固な三位一体の信仰に立ってきた。これが無教会の歴史的使命。エクレシアはこの信仰を失うと迷走し、衰退消滅する。

 

●イエスの誕生記事をどうとらえるか・・・目に見えない霊の喜びの表現方法は様々。礼拝、典礼、言葉・・・。マタイ1〜2章とルカ2章の誕生記事は、物語(ルカ12)の形式をとった信仰告白(クレド)。「救いが先で聖書は後」。

 

塚本訳 ルカ 1:27

1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。

●イエスは歴史内に完全に人として生まれた。しかし実際は聖霊による子。


27−@)塚本訳 ルカ 3:23

3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

 

塚本訳 ルカ 1:28

1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」

塚本訳 ルカ 1:30

1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

●イエスの処女懐妊は全く神の意志で奇跡的なこと。●これは生物学的には全く無理で不可解なこと。●信者はそこに「無から有を生み出す」神の働きが歴史に介入したと信じる。●人の究極の幸福は恩恵によりこれが信じられること。

 

28-@)塚本訳 マタ 1:20

1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。


28-A)塚本訳 ヨハ 1:1

1:1 (世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。


28-B)塚本訳 ヨハ 1:14

1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。


28-C)塚本訳 ルカ 11:27-28

11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!

11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」


28-D)塚本訳 ガラ 4:4

4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった

 

塚本訳 ルカ 1:31

1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。

●人は神によって「無から有」を生み出される。人間の本質は肉ではなく霊。


31-@)口語訳 創  1:27-28

1:27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。


31-
A)口語訳 創  2:7

2:7 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。


31-B)塚本訳 マタ 3:9

3:9 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。」

 

塚本訳 ルカ 1:34

1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。

●神に導かれるときに人は常に「どうしてそんなことが」と戸惑う。●人間は普通それを信じられない●「受胎告知」されたマリヤの苦悩と驚き。その絵画。

 

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/31/Leonardo_da_Vinci_052.jpg/300px-Leonardo_da_Vinci_052.jpg

 

レオナルド・ダ・ビンチ 受胎告知 14721475 年 ウフィツィ美術館蔵

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/22/El_GRECO%EF%BC%88Domenikos_Theotokopoulos%EF%BC%89_-_Annunciation_-_Google_Art_Project.jpg/220px-El_GRECO%EF%BC%88Domenikos_Theotokopoulos%EF%BC%89_-_Annunciation_-_Google_Art_Project.jpg

 

エル・グレコ 受胎告知 15901603年 岡山県 大原美術館蔵


34-
@)塚本訳 ルカ 1:18-20

1:18 ザカリヤが天使に言った、「(子をさずかる)その』証拠は何でしょうか。』わたしは老人で、妻ももう年を取っております。

1:19 天使が答えた、「わたしは(もったいなくも)神の前に立つガブリエルである。あなたにこの喜びのおとずれを伝えるために遣わされたのである。

1:20 だからいま、あなたは唖になり、このことが成るその日まで、ものを言うことが出来ないであろう。これは、時が来ればかならず成就するわたしの言葉を信じなかった罰である。


34-
A)塚本訳 ヨハ 20:24-25

20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。

20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

 

塚本訳 ルカ 1:37

1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」

●苦悩の末のりっぱな信仰。●求めればいつの日か恩恵で分かる時がくる

 

37-@)塚本訳 マタ 8:8-10

8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。

8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」

8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。


37-A)塚本訳 マコ 9:22-24

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。

9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

 

塚本訳 ルカ 1:38

1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

●キリスト教はマリヤの「お言葉のとおりになりますように」という言葉の上に成立した。●この信仰態度がイエスに伝わった。「この母にしてこの子あり」

 

38-@)塚本訳 マタ 26:39

26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。

 

 

●結論

●なぜ処女降誕か・・・世の罪をとり除くためには汚れなき「神の小羊」としての人間イエスの死が必要であった。イエスは全く神の子であり全く人であった。●この秘儀を示されて信じた人は幸いである。汚れた過去でも成功人生。

 

結論-@「旧約における贖罪の儀式は無傷の小羊を屠ることであった」

 

結論@-@)口語訳 出  12:5

12:5 小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。


結論@-A)口語訳 申  17:1

17:1 すべて傷があり、欠けた所のある牛または羊はあなたの神、主にささげてはならない。そのようなものはあなたの神、主の忌みきらわれるものだからである。

 

結論-A「神はユダヤ人に罪の赦しを理解しやすいようにイエスという人間の死で贖罪の意思を示した。有体的復活はその死に意味があったことの「真理証明」

 

結論A-@)塚本訳 ヨハ 1:29

1:29 あくる日、ヨハネはイエスが自分の方に来られるのを見て言う、「そら、あれが世の罪を取り除く神の小羊だ。


結論A-A)塚本訳 Uコリ5:21

5:21 神は罪を知らなかった方をわたし達の身代りに(十字架につけて)罪に定められた。わたし達がこの方において神の義(をいただく者)となるためである。


結論A-B)塚本訳 Tペテ1:19

1:19 瑕のない穢れのない小羊のようなキリストの尊い血によって、祖先伝来の空な生活から『贖われた』ことを知っているからである。


結論A-C)塚本訳 Tコリ15:3-4

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、


結論A-D)塚本訳 Tペテ3:18

3:18 というのはキリスト(御自身)すら罪の(贖いの)ために、義しい人でありながら義しからぬ人々のために、ただ一度死に給うたのである。これは君達を神に連れ行くためで、彼は肉では殺され給うたが、霊では活かされ、


結論A-E)塚本訳 Tヨハ3:5

3:5 あなた達はキリストが(地上に)自分を現わされたのは、(人の)罪を取りのぞくためであることを知っている。その方の中には罪がないからである


結論A-F)塚本訳 ヘブ 1:3

1:3 彼は神の栄光の放射であり、本質の像である。彼はまたその力ある言葉をもって万物を保たれる。彼は(この世に降り)、罪の潔めを成し(とげて、ふたたび)高き所にのぼり、(神の)御稜威(みいつ)の『右にお坐りになっている』。

 

結論-B「処女降誕の三位一体の信仰は、罪の人はこれを必死に要求する

 

結論B-@)塚本訳 ルカ 4:17-19

4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──

4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』

4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』


結論B-A)塚本訳 マタ 11:4-5

11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。

11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。


結論B-B)塚本訳 ルカ 16:16

16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。


結論B-C)塚本訳 ルカ 5:30-32

5:30 パリサイ人とパリサイ派の聖書学者が弟子たちに向かってつぶやいた、「なぜあなた達は税金取りや罪人と一しょに飲み食いするのか。」

5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。

5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。


結論B-D)塚本訳 ルカ 7:37-49

7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、

7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。


結論B-E)塚本訳 マタ 11:28

11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。


結論B-F)塚本訳 マタ 26:12-13

26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。

26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。


結論B-G)塚本訳 ルカ 22:15-16

22:15 彼らに言われた、「わたしは苦しみをうける前に、あなた達と一しょにこの過越の食事がしたくて、たまらなかった。

22:16 わたしは言う、神の国でほんとうの過越の食事──(罪のあがないの記念の食事)──をする時まで、わたしはもう決して、この(エジプトからあがなわれた記念の)食事をしないのだから。」


結論B-H)塚本訳 Tコリ11:23-26(主の晩餐の本来の意味)

11:23 なぜというか。わたしは(晩餐のことを)主から授かり、それをまたあなた達に伝えたのであるが、それはこうである。──主イエスは(敵に)引き渡された夜、パンを手に取り、

11:24 (神に)感謝して裂いて、言われた、「これはあなた達のためにわたすわたしの体である。わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」

11:25 食事の後、杯を同じように(感謝)して(分けて、)言われた、「この杯はわたしの『血』の犠牲を払った『新しい約束』である。(今から後、)飲むたびごとに、わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」。

11:26 すなわち、主が(ふたたび)来られるまで、あなた達はこのパンを食べこの杯を飲むたびごとに、主の死(の意味)を、(このことを行なうことによって)宣べ伝えるのである。

 

結論C「罪の悩みと死の悲しみから救われて、イエスは神の子であることを信じられた人は、人生失敗しても大成功。」


結論C-@)塚本訳 ルカ 10:23

10:23 それから特に弟子の方へ振り向いて言われた、「あなた達が(いま)見ているものを見る目は幸いである。


結論C-A)塚本訳 マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

結論D「処女降誕の三位一体の信仰は人間の知恵では分からないが、神に教えられる時が来る」

 

結論D-@)塚本訳 Tコリ2:14

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

結論D-A)塚本訳Tヨハ4:3

4:3 どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。


結論D-B)塚本訳 Tヨハ2:22-23

2:22 (それならば)だれが嘘つきか。イエスは救世主ではないと否認する者(、すなわち彼を単なる人間と見る者でなくして、だれであろう)。こんな者こそ反キリストであって、父と(その)子とを否認する者である。
2:23
子を否認する者は皆、父をも持たず、子を公然告白する者は父をも持っている(からである)。

結論D-C)塚本訳 Tコリ12:3
12:3
だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、
神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

結論D-D) 塚本訳 ヨハ110-13

1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11
いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(
神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13
この人たちは、人間の血や、
肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

結論D-E)塚本訳 ヨハ 9:1-3

9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2
弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3
イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。
ただ神の御業がこの人に現われるためである。

結論D-F)塚本訳 ヨハ 6:45

6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


結論D-G)塚本訳 Uペテ3:8-9

3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9
主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである


結論D-G-2)塚本訳  マタ1513

15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14
あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

結論D-H)塚本訳 Tコリ7:15-16

7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)

7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。


結論D-I)塚本訳 ルカ 10:10-11

10:10 しかしある町に入ったとき、人が歓迎しないなら、大通りに出て言え、

10:11 わたし達は足についたこの町の埃まで、あなた達に拭いてかえす。(縁を切った証拠だ。)しかし(あなた達には、恐ろしい裁きである)神の国が近づいたことを知れ』と。

 

結論E「神は人の罪を贖われた。罪なきイエスの死と復活はその見える徴

 

結論E-@)塚本訳 黙 21:6

21:6 そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代(ただ)で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。


結論E-A)塚本訳 黙 22:14

22:14 幸福なる哉、生命の樹に行き(その実を食い)、また(聖なる)都の門を入る権を得るために、その上衣を洗う者!


結論E-B)塚本訳 黙 5:12・・・ヘンデル「メサイア」の最後の大合唱

5:12 大声で(仔羊を讃美して)言うた──屠られ給うた仔羊こそ、権能と富と知恵と権力と栄誉と栄光と讃美とを受くるに相応(ふさ)いたもう。

 

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