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さかなまーく ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエスス(イエス)クリス(キリスト)、セオス()、ヒュオス()、ソテル(救い主)

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老化現象

・・・永遠の命への門の痛み・・


2021年 4月 18日 家庭礼拝 高橋照男

 

キリスト者の皆様お早うございます。昨日は図書館で「介護生活、これで安心」という本を借りた。日本の老人福祉政策は大したものだ。むやみやたらに体制を批判できない。私も妻も老化現象が始まって久しい。私は耳が遠くなり、妻は記憶が衰えてきた。人生の終わりに誰もが遭遇する老化現象は、なぜあるのか。今朝は「老化現象・・・永遠の命への門の痛み」と題して思いつくままに掲げてみよう。順不同。

新共同 詩  90:10-12

90:10 人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても/得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。

90:11 御怒りの力を誰が知りえましょうか。あなたを畏れ敬うにつれて/あなたの憤りをも知ることでしょう。

90:12 生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように。

 

新共同 伝  11:8

11:8 長生きし、喜びに満ちているときにも/暗い日々も多くあろうことを忘れないように。何が来ようとすべて空しい。

 

新共同 Uサム19:36

19:36 わたしはもう八十歳になります。善悪の区別も知りません。この僕は何を食べ何を飲んでも味がなく、男女の歌い手の声も聞こえないのです。どうしてこの上主君、王の重荷になれましょう。

新共同 伝  1:8

1:8 何もかも、もの憂(う)い。語り尽くすこともできず/目は見飽きることなく/耳は聞いても満たされない。

新共同 伝  1:18

1:18 知恵が深まれば悩みも深まり/知識が増せば痛みも増す。

塚本訳 ルカ 16:16

16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

塚本訳 ヨハ 4:13-14

4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、

4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ルカ 20:34-38

20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、

20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。

20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を“アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と”と言ってこれを示している。

20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)

塚本訳 Tコリ15:53-55

15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。

15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』

15:55 “死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は”

塚本訳 ピリ 3:21

3:21 (その時)彼は私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌(かたち)に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!

 

塚本訳 黙  21:4

21:4 彼らの目から悉(ことごと)く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

 

上記のうち、難解なルカ福音書20章36節。邦語100年間の各種翻訳並読。

聖書協会共同訳2018

ルカによる福音書/ 20 36

この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活の子として神の子だからである。

 

フランシスコ会訳2013

036この人たちはもはや死ぬことはありえない。彼らはみ使いに等しく、復活にあずかる子らとして、神の子だからである。

 

岩波翻訳委員会訳1995

422036彼らはもはや死ぬことはあり得ないからだ。なぜなら、彼らは御使いに等しい者たちであり、また甦りの子らとして神の子らでもあるためだ。

新共同訳1987

20:36 この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。

前田訳1978

20:36 彼らは復活の子らであり、天使にひとしく、神の子らであって、もはや死ねないからである。

新改訳1970

20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、復活の子として神の子どもだからです。

塚本訳1963

20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

口語訳1955

20:36 彼らは天使に等しいものであり、また復活にあずかるゆえに、神の子でもあるので、もう死ぬことはあり得ないからである。

文語訳1917

"422036","彼等ははや死ぬこと能はざればなり。御使たちに等しく、また復活の子どもにして、神の子供たるなり。"


●結論 アーソーカ、老化現象は永遠の命への門の痛み。通過点の瞬時に過ぎないのだ。

クリスチャンは死んで「天使」なるのだ。老年の時期はその始まりだ。

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