自分の十字架とは何か

・・・・隠れてする祈り、隠れて負う十字架・・・・

               東京聖書読者会 2007.12.2 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 14:27

14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることは出来ない。

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  まず自分を捨てなければ十字架は負えないという

 

塚本訳 マタ 16:24-25

16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

 

塚本訳 ルカ 16:28-33

14:28 (このように、わたしの弟子になるには最初の覚悟が必要である。)なぜか。(次の譬を聞きなさい。)あなた達のうちには櫓を建てようと思うとき、まず坐って、はたして造りあげるだけの金があるかと、その入費を計算しない者がだれかあるだろうか。

14:29 そうしないで、土台をすえただけで完成ができないと、見る人が皆、

14:30 『あの人は建てかけたが、完成できなかった』と言って笑うであろう。

14:31 また、ある王が他の王と戦いを交えようとする時には、まず坐って、(自分の)一万(の兵)で、二万(の兵)を率いてすすんで来る敵をむかえ撃てるかどうかを考えないだろうか。

14:32 そして、もしかなわないと見たら、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を派遣して講和を申し出るであろう。

14:33 だから同じように、(家族や財産など)一切合切、自分のものと別れなければ、あなた達のだれ一人、わたしの弟子になることは出来ない。

 

●理想の弟子は、隠れた祈りをする人。隠れて十字架を負う人。

 

文語訳 マタ 6:6

6:6 なんぢは祈るとき、己が部屋にいり、戸を閉ぢて、隱れたるに在す汝の父に祈れ。さらば隱れたるに見給ふなんぢの父は報い給はん。

 

塚本訳 マタ 6:3-4

6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。

6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 ルカ 21:2-4

21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、

21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。

21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

 

塚本訳ヨハ 4:23

4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである

 

●イエスの隠れたる祈り、一人の祈り。

 

塚本訳 マタ 14:23

14:23 そして群衆を解散させると、祈りのため自分だけ山に上られた。暗くなってもひとりそこにおられた。

 

塚本訳マタ 26:36

26:36 ほどなくイエスは弟子たちと一しょに(オリブ山の麓の)ゲッセマネという地所に着くと、弟子たちに言われる、「わたしがあちらへ行って祈っている間、ここに坐って(待って)おれ。」

 

●嘆きの言葉、嘆きの涙、嘆きの呻きは「祈り」そのもの。「涙の子は滅びない」。

 

塚本訳 マタ 23:37

23:37 ああエルサレム、エルサレム、預言者を殺し、(神から)遣わされた者を石で打ち殺して(ばかり)いる者よ、雌鳥がその雛を翼の下に集めるように、何度わたしはお前の子供たちを(わたしの所に)集めようとしたことかだがお前たち(エルサレムの者)はそれを好まなかった

 

塚本訳ロマ 9:2-3

9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである

9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう

口語訳 創  42:24

42:24 ヨセフは彼らを離れて行って泣き、また帰ってきて彼らと語り、そのひとりシメオンを捕えて、彼らの目の前で縛った。

 

口語訳 詩  42:3

42:3 人々がひねもすわたしにむかって/「おまえの神はどこにいるのか」と言いつづける間は/わたしの涙は昼も夜もわたしの食物であった

 

●自分を責める人をどうしても赦せないときは、まず自分が神に赦されるように祈る

 

塚本訳 マタ 6:14-15

6:14 (祈る前に、まず人の罪を赦さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、

6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

 

塚本訳 ルカ 23:34

23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

 

塚本訳 マタ 5:43-44

5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。

5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ

 

●相手に知られないようにそのうしろ姿にむかってひそかに祈る祈り。

 

塚本訳 ルカ 22:32

22:32 しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だから一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強めてやってほしい。」

 

塚本訳 マコ 10:22-23

10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」

  苦しいときは「祈りすら」できない。ただ呻きのみとなる。

 

塚本訳ロマ 8:2-3

8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである

 

塚本訳 ルカ 22:41-44

22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って

22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」

22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。

22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

 

●人には言えない涙と呻きの祈りこそ神に知られる。神は隠れたものを見られる。

 

塚本訳 Tコリ15:58

15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

 

塚本訳 1コリ  7:10

7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。"

 

塚本訳 黙  5:5

5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

 

口語訳 詩  126:5-6

126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。

126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。

 

岩波版・月本昭男訳 コ−ヘレト  11:1

11:1 あなたのパンを水の上に投げよ。多くの日を経て、あなたはそれに遭遇しよう

ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow 米国詩人1807-1882) の詩

 

The Arrow and the Song

 

I shot an arrow into the air,

It fell to earth, I knew not where;

For, so swiftly it flew, the sight

Could not follow it in its flight.

 

I breathed a song into the air;

It fell to earth, where, I knew not where;

For who has sight so keen and strong,

That it can follow the flight of song?

 

Long, long afterward, in an oak

I found the arrow, still unbroke;

And the song, from beginning to end,

I found again in the heart of a friend.

 

 

上記英詩の信仰的自由訳 高橋照男

 

矢と歌 

私は大空に向かって「自分の矢」を放った。

それはどこかに飛んでいってしまった。

それは一瞬のことであったので見えなくなってしまったのだ。

私は大空に向かって一人で「自分の歌」を歌った

それもどこかに消えていってしまった。

だれもその矢の行方をしっかり見届けることはできなかった。

だれもその歌が人の耳に届いたのかどうかを知ることはできなかった。

しかし、多くの多くの日の後に

あの「自分の矢」が堅い樫の木に折れずに突き刺さっているのを見つけた。

あの「自分の歌」が愛する人の胸の内にそっくりそのまま覚えられているのを知った。

 

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