建築を通して学んだ聖書

あだたら聖書集会 2009..26 高橋照男

 

 

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1・職業としての建築の意義を模索した日々

2・建築を通して聖書を学ぶ

3・地上の建物が消滅して、来世の「永遠の家」に希望が湧く

4・聖書の理解は、一生涯かかる。応答の手紙2通に感謝

5・死んだらどうなるのか。復活の体が永遠の命、永遠の家

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1・職業としての建築の意義を模索した日々

 

1−1 人間はなぜ労働が苦役なのだろう。滅びゆく建築を造ることにどのような意義があるのか。そこに「生きる喜び」はあるのか。模索した日々。

 

新共同 創  3:19

3:19 お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」

 

口語訳 詩  90:10

90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

 

T−2 塚本虎二著「放蕩息子とその父」との出会い。その第七章「救われた人の生涯」で労働は来世への準備ということを学ぶ。人生観の確立。

 

塚本訳 ルカ 16:9-10

16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。

 

1−3 人の財産の管理と保護が労働の本質。「建築は手段で目的は人」。

 

口語訳 創  2:15

2:15 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた

 

 

 

   

 

 

藤林邸

1977年  東京都目黒区
建築主・藤林益三
施 工白石建設

 

 

2・建築を通して聖書を学ぶ

 

2−1 神はなぜ天地を創造されたのか。それは神が被造物に御自分を賛美させるため。人生も建築もそのためにある。教会・エクレシアまた同じ。

 

塚本訳 マタ 21:16

21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」

 

2−2 創造の喜びと満足。建物は設計段階から完全に満足すべきである。

 

口語訳 創  1:31

1:31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

 

2−3 建物は人間が思い立つがその背後には必ず神がおられる。体験的実感。

 

口語訳 詩  127:1

127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

 

2−4 建築には莫大な費用がかかる。人生、ここ一番のときはそれなりの覚悟が必要。高額出費の覚悟は全身全霊の信仰の姿勢に似ている。信仰の道は生半可中途半端ではいけない。笑われた実例で聖書を学ぶ。

 

塚本訳ルカ 14:28-30

14:28 (このように、わたしの弟子になるには最初の覚悟が必要である。)なぜか。(次の譬を聞きなさい。)あなた達のうちには櫓を建てようと思うとき、まず坐って、はたして造りあげるだけの金があるかと、その入費を計算しない者がだれかあるだろうか。

14:29 そうしないで、土台をすえただけで完成ができないと、見る人が皆、

14:30 『あの人は建てかけたが、完成できなかった』と言って笑うであろう。

 

塚本訳 ルカ 14:33

14:33 だから同じように、(家族や財産など)一切合切、自分のものと別れなければ、あなた達のだれ一人、わたしの弟子になることは出来ない

 

2−5 人間の尊厳を回復し、保持するのは、自分の部屋、安心して枕できるところを確保すること。これは路上ホームレス救済の入佐明美(釜が崎)、奥田知志(北九州市。社会復帰成功率9割)の一致した意見。

 

塚本訳 ヨハ 14:1-2

14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。

14:2 父上のお家(うち)には、沢山住居(すまい)がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。

 

2−6 建物は多くの職種、多様な材料が集まってできるもの。

    これはエクレシアの本質。家庭親族、職場、国家、人間社会みな同じ。

 

塚本訳Tコリ12:12-14

12:12 なぜか。体はただ一つであって、それに多くの器官があるけれども、この体の器官が皆、多くあっても、一つの体を成しているように、キリスト(の体である集会)の場合も同じである。

12:13 また、わたし達は皆、ユダヤ人にせよ異教人にせよ、奴隷にせよ自由人にせよ、一つの体になるために、一つの御霊で洗礼を受けたからである。そしてわたし達は皆一つの御霊を飲まされた。

12:14 ほんとうに、体は一つの器官でなく、多くの器官から成っているのである。

 

口語訳 コロ 1:24

1:24 今わたしは、あなたがたのための苦難を喜んで受けており、キリストのからだなる教会のために、キリストの苦しみのなお足りないところを、わたしの肉体をもって補っている。

 

2−7 復活のイエスが神殿。人の体は神の神殿。へブル書は復活のキリスト、聖霊の実在を前提として読むべきものである。

 

新共同 ヨハ 2:19-22

2:19 イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」

2:20 それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。

2:21 イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである

2:22 イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

 

新共同 ヘブ 8:1-2

8:1 今述べていることの要点は、わたしたちにはこのような大祭司が与えられていて、天におられる大いなる方の玉座の右の座に着き、

8:2 人間ではなく主がお建てになった聖所また真の幕屋で、仕えておられるということです。

 

新改訳 ルカ 22:19

22:19 それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行ないなさい。

 

新共同 Tコリ3:16

3:16 あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか

 

2−8 無教会者の建築観は「本物主義」。

 

口語訳 Tペテ3:3-4

3:3 あなたがたは、髪を編み、金の飾りをつけ、服装をととのえるような外面の飾りではなく、

3:4 かくれた内なる人、柔和で、しとやかな霊という朽ちることのない飾りを、身につけるべきである。これこそ、神のみまえに、きわめて尊いものである。

 

新共同 コロ 2:16-17

2:16 だから、あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また、祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。

2:17 これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります

 

2−9 建物は神の国の影、放射。建物を見れば、建築主の品格がわかる。

 

新共同 ヘブ 3:3

3:3 家を建てる人が家そのものよりも尊ばれるように、イエスはモーセより大きな栄光を受けるにふさわしい者とされました。

 

2−10 建物が建つには犠牲の血が流される。建築現場の事故死の悲しみ。

父の帰りを待っていた幼児の「アッ、父ちゃんが帰って来た」の声。

 

塚本訳 ヘブ 9:11-12

9:11 しかしキリストは来るべき善いことの大祭司として(ついに地上に)あらわれ、手で造らない、すなわち、この世界に属しない、より大なる、より完全な幕屋を通って、

9:12 また、雄山羊や小牛の血をもってでなく、自分の血をもって、ただ一度かぎり(至)聖所に入り、永遠のあがないを得られたのである

 

2−11 建物を引き渡すときの祈り。「この家に末永く神の祝福がありますように」。娘を嫁がせる気持「役目を果たせ」。「よく働いてますか」

 

新共同 Uコリ13:13

13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。

 

白樺ビル  1993年
建築主・宍倉司朗  千葉県千葉市
千葉市最優秀建築賞
千葉県屋外広告コンクール最優秀賞
施工・清水建設千葉支店

 

3・地上の建物が消滅すると、来世の「永遠の家」に希望が湧く

 

3−1 愛する我が家が目の前で焼ける。神は残酷だ。「天国の家は焼けない」との認識を得る。神を信じる者が失ったものは絶対に必ず回復される。

 

口語訳 Uコリ5:1

5:1 わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。

 

塚本訳 マコ 10:29-30

10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、

10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

 

高橋照男自邸 2000年

建築主 高橋照男  東京都あきる野市

施工 嶋下建築

 

3−2 脳内出血で意識不明になる。復活の望みの綱はイエスの墓が空になっていたという史実伝承。これが使徒伝承で有体的復活の証拠。「この命は99%でなく100%神が握っておられるとの認識」をいただく。

 

塚本訳ヨハ 20:6-9

20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。

20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。

20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。

20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

 

塚本訳ルカ 24:31-32

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

3−4 建築と葬儀。神は土の体に霊の命を吹き込み、最後は吸い取る。

 

新共同 創  2:7

2:7 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった

 

新共同 ルカ 23:46

23:46 イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた

 

3−5 復活の希望は「使徒伝承」を信じることが土台。歴史的連鎖の必要性。

    罪の赦しの体験的伝承。復活の史実伝承が理性の安息を生む。

 

塚本訳 Tコリ15:3-4

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

 

口語訳 エペ 2:20-22

2:20 またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である

2:21 このキリストにあって、建物全体が組み合わされ、主にある聖なる宮に成長し、

2:22 そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、霊なる神のすまいとなるのである。

 

 

4・聖書の理解は、一生涯かかる。応答の手紙2通に感謝

 

4−1「建築は一瞬、思い出は永遠」という手紙。小事に忠なることの理解。

 

(Kさんの手紙の一部引用)

「このビルは先日屋上でご一緒に見ました隅田川の花火のように、永遠の時の流れから見れば、一瞬のうちに消え去るでしょう。しかし高橋さんに一生懸命に造って頂いたという思い出は私の胸に永遠に残るでしょう」。(手紙おわり)

 

塚本訳 ルカ 16:9

16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう

 

4−2 建築を学ぶことによって「生きる喜び」を感じたという小論文に感謝。

この人生は「ただほねおりと悩み」(詩篇90:10)であってもなお喜ばしいものであったと人生の最後に言えるようになれ。(ヒルティ)

 

(私の小論文テスト。某女の最後部分)

「建築は建主と一緒になって形と夢と場所を造りあげていきます。時にはいくつもの困難が待ち受けていると思いますが、皆で乗り越えて完成した暁には達成感があり、それは仕事の喜びを感じるでしょう。また建築はあらゆる分野の多くの人が協力して一つのものを造り上げているので、この点でも仕事の喜びを感じるでしょう。私は建築を学ぶことができて、本当に生きる喜びを感じました。」(小論文からの引用おわり)

 

詩篇126篇(文語訳)

5 涙とともに播くものは、歓喜(よろこび)とともに獲(かりと)らん

6 その人は種をたづさへ涙をながしていでゆけど禾束(たば)をたづさへかへりきたらん

 

 

5・死んだらどうなるのか。復活の体が永遠の命、永遠の家

 

photo

ゴーギャン《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》

1897-98年   ボストン美術館

 

5−1 死は神の懐での一時的な眠り。甦りの朝まで神の懐に隠されている。

 

塚本訳 ルカ 8:52

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

 

塚本訳 ヨハ 11:11

11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」

 

塚本訳コロ 3:2-3

3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。

3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。

 

5−2 復活は霊魂不滅説ではない。神の主権による新しい復活体の付与。

 

塚本訳 マタ 10:28

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ

 

新共同 ルカ 23:42-43

23:42 そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。

23:43 するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

 

塚本訳Tコリ15:38-45

15:38 しかし神は御心のままにそれに体をお与えになる、しかもそれぞれの種に独得の体を。

15:39 すべての肉が同じ肉ではない。人間の(肉)がちがい、家畜の肉がちがい、鳥の肉がちがい、魚の(肉)がまたちがう。

15:40 天の体があり、地の体がある。しかし天のものの輝きは別であり、地のもののはまた別である。

15:41 (天のものの輝きにしても、)太陽の輝きがちがい、月の輝きがちがい、星の輝きがまたちがう。その上、星はひとつびとつ輝きが相違している。

15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する

15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。

15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである

15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。

 

塚本訳 ヨハ 3:5-8

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

5−3 終末の日には「個々の名前で呼び出される」。神は名前を知っている。

 

口語訳 出  33:17

33:17 主はモーセに言われた、「あなたはわたしの前に恵みを得、またわたしは名をもってあなたを知るから、あなたの言ったこの事をもするであろう」。

 

塚本訳 ヨハ 11:43

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

 

塚本訳 ルカ 7:14

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

 

5−4 復活のときはこの自分、この人格が「肉の体」に代わる新しい「霊の体」をいただける。イエスの復活はその象徴。

塚本訳 Tコリ15:48-49
15:48
土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである
15:49
こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう

新共同 Uコリ4:6-7

4:6 「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。

4:7 ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために

 

 

 

5−5 死の川を渡る時は、復活の朝に神に呼び出されることを信じて眠る

新共同 Uペテ1:13-14
1:13
わたしは、自分がこの体を仮の宿としている間、あなたがたにこれらのことを思い出させて、奮起させるべきだと考えています。
1:14
わたしたちの主イエス・キリストが示してくださったように、自分がこの仮の宿を間もなく離れなければならないことを、わたしはよく承知しているからです

新共同 ヘブ 11:13
11:13
この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。

新改訳 Tペテ1:8
1:8
あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています

5−6 神の国の家は絶対恩恵による無条件の罪の赦しで入居できるが自動的には入れない。素直に専心嘆願し、与えられる礼服を着る姿勢が必要。

塚本訳  使 4:10-12
4:10
あなた方御一同はもとより、イスラエル国民全体も、このことを知ってほしい。ナザレ人イエス・キリスト──あなた方が十字架につけ、神が死人の中から復活させられた方──その名で、この人がよくなって、あなた方の前に立っているのです。
4:11
この方は、(聖書にある)“大工の”あなた方から“投げ捨てられ、隅の土台石になった石”です。
4:12
この方のほかのだれによっても救いはない。天下ひろしといえども、わたし達が救われるべき名はこれ以外、人間に与えられていないからです。」

塚本訳 ルカ 15:22

15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

塚本訳 マタ 22:11-14
22:11
王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12
その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13
王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──
招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」

5−7 復活の体が永遠の命、永遠の家。

 塚本訳Uコリ5:1-4
5:1
なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。
5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)
5:3
ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!
5:4
それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

5−8 私の願い。来世の家で両親と会いたい。信仰なき兄弟子供と会いたい。

 

塚本訳 ルカ 8:52

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

 

塚本訳 ヨハ 11:11

11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」

 

塚本訳 マタ 19:26

19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

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