泣くな!崩壊家庭の子供
・・・ 悩みの日にわたしを呼べ 詩篇50:15a ・・・
2009年11月1日 東京聖書読者会 高橋照男
@ 驚くべき離婚率
A 崩壊家庭の子供はこの世的に不利
B 崩壊家庭の子供の救い
C 霊の家族に生きる喜び
D 老いの悲しみと霊に生きる喜び
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@ 驚くべき離婚率
塚本訳 マタ 19:10
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
●離婚は結婚生活が「面倒」と思うところから生じる。神なき人間の自然的なる感情。
091013(火)、091019(月)のブログを編集●人生の深い悩みは人間的な慰め「政治、経済、医学、活動、諦念、享楽、詩歌、人間崇拝、恋愛、結婚、家庭」では真の満足はいかないことになっている。しかし聖書の慰めはこれら人間的なる慰めとは質が異なる霊であり、人間を真の喜びに導き、真の人生を教えてくれる。それはどういう慰めか。
塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。
塚本訳 Tヨハ1:4
1:4 わたし達が(この手紙を)書くのは、(あなた達がわたし達との交わりに入り、)わたし達(が父と子と)の(交わりにおいてもっている)喜びが、完全なものとなるためである。
●驚くべき数値。
今や離婚率は4割近いという惨憺たる現状。人口動態統計資料によれば離婚率の推移は次の通り、1970年10%、1990年22%、2000年32%、2006年38%。だから現在ではすでに40%にはなっていると思われる。私の親類縁者の実態を見ればうなずける。英米ロシアは日本よりも離婚率が高い。終末が近いか。・・・・ちなみに死因における癌の割合は現在30%だが2020年には50%になる見込み。これも驚くべき数値。
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●夫婦の離婚で犠牲になるのは子供。離婚多発で路頭に迷う気の毒な子供の数は多い。崩壊家庭の子供に救いはあるのか。新約聖書はどう答えるのか。まずはじめに私自身の体験を通し、恥を忍んで捨て身で「救い」の事実を証しする。恥は私に栄光は神に。
新共同 Uコリ12:15a
12:15 わたしはあなたがたの魂のために大いに喜んで自分の持ち物を使い、自分自身を使い果たしもしよう。
塚本訳 Uコリ1:4
1:4 どんな苦難の時にもわたし達を慰めてくださる神、こうしてわたし達自身も神に慰めていただくその慰めをもって、どんな苦難の中にいる人たちをも慰めることが出来るのである。
塚本訳 ヨハ 9:25
9:25 彼が答えた、「罪人かどうか知りません。ただ、(もと)盲であったわたしが、いまは見えるという、この一つのことだけ知っています。」
●私の血は汚れている。私は物心がついた時に自分は「母方の祖父母を知らない」ことに気がついた。長い間不思議に思っていたが、ある日思い切ってその理由を母に聞いてみると次のようなことであった。母の父(私の祖父)は某銀行の頭取になり羽振りが良くなった時に料亭の女将と親しくなり、子供が8人もありながら先妻と離婚、その女将を後妻にした。私の母は末っ子でその後妻に育てられたが人生を苦労した。そのことを母から聞いた私は母を不遇にしたそんな祖父の血が我が身に混じっているのだと思って体をかきむしったのである。そして私の生まれる前に死んだその祖父を深く深く憎んだ。しかし幸いなことに「福音」というものに出会い、キリストの宝血で全身の血液を入れ替えていただき喜びが与えられた。すると不思議にあれほど憎んでいた祖父を赦せるようになった。存在が不明であった祖父の墓を後妻の里である九州は水俣の山の中に探し出し、母の希望でその遺骨を東京に持ち帰った。骨壷には祖父と後妻の骨が一緒になっていた。この苦難が私をして、崩壊家庭の子供の救いに目を向けさせた。どんなに暗い家庭の子供であってもキリストの血潮によりアンデルセンの小説「醜いアヒルの子」が白鳥なったように生まれ変わることができるのだ。清くなれるのだ。そして主にある真の祖父母、父母、兄弟姉妹、妻、子供が与えられるのだ。これが肉によらない本当の家族、本当の喜びの霊の家族だ。さらば「泣くな崩壊家庭の子供」。その悲しみは神の子になれる道が備えられている証拠だ。真の家庭を持つに至れる道が開かれているのだ。たった一度のこの短い人生でその悲しみに遭遇したことは不運であり不幸なことであるが、その涙により永遠の命に目覚めるとすればこの不遇なるみじめな人生も幸いだ。人生は短い。来世は復活による永遠の喜びだ。
塚本訳ヘブ 10:19
10:19 (わたし達は今や旧約の律法から解放されて、新約の時代に入った。)だから、兄弟たちよ、わたし達はイエスの血により、安心して聖所に入ることができるのである。
A 崩壊家庭の子供はこの世的に不利
●夫婦の離婚で家庭が崩壊すると子供は精神的な力が出ない。神の祝福がない生まれたままの人間は不倫が自然になって夫婦関係は冷えて家庭はすぐ崩壊する。いかなる人間道徳でもこの崩壊はくい止められない。これが離婚率40%の理由である。崩壊家庭は子供が精神的に落ちつけずに親の真似をして非行に走る。
●勤務先の女子大の生徒に「建築士になりたいが両親が別れてお金がなく、建築士受験の塾に行けない」と言って泣かれたことがある。彼女の髪は赤かった。●あー、離婚は子供を不幸にする。
●崩壊家庭の子供は精神的発育が健常ではない。心がいじけていて人を信用しない。従って縁談や就職に絶対に不利。もしイエスに履歴書を書けとなると、片親で学歴なし。まず大企業には入社できない。学歴を気にする縁談はうまくいかない。貧困になる。神の裁きは厳しい。罪もない子供が不幸になる。それが4代先まで続くとは神は残酷である。
口語訳 出 20:4-5
20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、
●このどうしようもない過去。血の汚れ。醜い家系。生まれてみたらこの醜い祖先。どうしたらよいのか。絶対絶命である。過去はどうしようもできない。救いはあるのか。
B 崩壊家庭の子供の救い
●崩壊家庭の暗さ、淋しさに悩む子供に聖書はどう答えてくれるのか。新約聖書の答えは、汚れたる肉の系図を捨てて神の系図に連なれという。出来るか。できる。まずイエスの 汚れたる系図を知るべきである。マタイ冒頭の系図がすでに福音である。聖なる神の子の肉の系図は汚れている。つまり神の子イエスは不倫の子の子孫、崩壊家庭の子孫であることが分かる。塚本訳ではそのことを敷衍で明快にしている。あのソロモンは不倫によって生まれた子。
イエスはその子孫。
塚本訳 マタ 1:1-6
1:1 アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図──
1:2 アブラハムの子はイサク、イサクの子はヤコブ、ヤコブの子はユダとその兄弟たち、
1:3 ユダの(その嫁)タマルによる(不倫の)子はパレスとザラ、パレスの子はエスロン、エスロンの子はアラム、
1:4 アラムの子はアミナダブ、アミナダブの子はナアソン、ナアソンの子はサルモン、
1:5 サルモンの(遊女)ラハブによる子はボアズ、ボアズの(異教国モアブの女)ルツによる子はオベデ、オベデの子はエッサイ、
1:6 エッサイの子はダビデ王である。ダビデの(将軍)ウリヤの妻による子はソロモン、
塚本訳 マタ 1:18
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。
塚本訳 マタ 3:9
3:9 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。
●だから私はキリストが「聖霊によって」処女から生まれた人でなければならない。もしキリストが普通の人間的な生まれ方であったら、私の救いはない。キリストの処女降誕は私の信仰の要求である。
塚本訳 ロマ 1:3-4
1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、
1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。
塚本訳 ガラ 4:4-5
4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった。
4:5 これは律法の下に(奴隷になって)いる者を贖い出して、わたし達に子たる身分を受けさせるためである。
塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。
塚本訳 ヨハ 3:5-9
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」
●泣くな。たとえこの世で健全な家庭には恵まれず、不遇な育ちになっても、その悲しみを通して来世の有体的復活に希望をつなげ。●この世の不幸は神の国に生まれ変わることによって「真の人間」「真の人生」を歩むようになれるのだ。そのようにして神の子になった人は、父なし母なし子なしだ。さらば、他人の家庭のこの世的な幸福をうらやむな。
C 霊の家族に生きる喜び
塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。
●神なき肉の関係の家庭には平和がないことになっている。真の幸福は肉の家庭ではない。聖霊によって生まれる人間関係が真の兄弟姉妹の家庭なのだ。肉の家族ではなく霊の家族。
塚本訳 マタ 12:46-50
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」
塚本訳ピレ 1:10
1:10 あなたにお願いするのは、わたしが縄目のあいだに(福音によって)生んだわたしの子オネシモのことである。
塚本訳 Tテモ1:2
1:2 (わが)信仰の本当の子なるテモテに手紙を遣(おく)る。願う、父なる神とわれらの主キリスト・イエスよりの恩恵と憐憫と平安あれ!
塚本訳 Tコリ4:15
4:15 たとえキリストにある家庭教師は無数にあなた達にあっても、お父さんは沢山はないのだから。キリスト・イエスにあって、福音により、わたしがあなた達を生んだのではないか。
●ダンテが彼を天国に導くヴァージルに初めて出会った時、ダンテは叫んで言った「お助けください、人であれ影であれ、この私をお助けください」。するとそのヴァージルは次のように答えた「今は人ではないが、かっては人だった・・・・・・」と。(ダンテ「神曲」地獄篇第一歌65−67)
●あの賀川豊彦は妾の子であった。賀川豊彦の記念会で村田四郎牧師は言った。「妾の子とさげすまれて淋しかった少年賀川を米国宣教師のマヤスとローガンはキリストに導いた(米国に感謝)。そのとき神は賀川に襲いかかったのだ」と。汚れた血統の賀川は神の霊に生まれて清められ別人になりあれだけの働きをした。霊南坂教会の小崎道雄牧師などが奔走してノーベル平和賞に推薦したが、受賞しなかった。賀川は天のノーベル賞だ。●内村鑑三は離婚した。崩壊家庭である。離婚原因は金銭問題。その孫から熱心な伝道者の日永康氏が誕生した。内村と妻タケとの間に生まれた娘ノブの子である日永氏は内村の肉の血統ではなく神の国の霊の血統に連なっている●家庭の崩壊は不幸であるが、そういう家庭の子孫から熱心な信者が生まれる。神はそこらの石ころからでもアブラハムを造ることができる。(マタ3:9)●無教会の子弟でクリスチャンになる人は少ない。信仰は一代だ。●肉の血統に「代」はあっても霊の血統に「代」はない。霊に生まれたクリスチャンは常にいつでも一代だ。●古い教会や集会には肉の血統や関係を誇る「古き人間」が幅を利かしているから禍である。新任牧師が萎縮する。●霊に生まれた者は、自分の肉の家系の汚れに悩むな、親類縁者の家庭崩壊に悩むな。汚れた系図を悩むな。家庭の悪さに引け目を感じるな。永遠に生きる「神の子になれたのだ」。●某死刑囚。処刑の前に長い祈りを捧げ、周囲の看守たちに「長々とお世話になりありがとうございました。私はこれから父の御許に参ります」と言って処刑台に上ったという。見送りは牧師一人であったらしい。
口語訳 詩 27:10
27:10 たとい父母がわたしを捨てても、主がわたしを迎えられるでしょう。
●離婚問答に続くイエスが頭に手を乗せて祝福した子供は崩壊家庭の子供ではあるまいか。
塚本訳 マタ 19:15
19:15 それから子供たち(の頭)に手をのせて祝福したのち、そこを去られた。
●さらば、泣くな!。崩壊家庭の子供。救いはある。霊に生まれることだ。そして来世は有体的復活だ。永遠の命に生きる喜びだ。人生は短い。その喜びはこの現世でも味わえる。
塚本訳 マタ 5:4
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
塚本訳 ルカ 16:25
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
D 老いの悲しみと霊に生きる喜び
091015(木)のブログ。4時45分起床●「老いの悲しみと霊に生きる喜び」。老いは悲しい。肉体の機能が衰えていく。記憶力が衰え、認知症になってしまうのか不安。
●現実問題として、老後をどうやって過ごすかが多くの人の心配でもある。動けなくなったらどうするか。誰に面倒を見てもらえるか。経済はどうか。●イエスは自分が十字架で死にゆく時、母のマリヤの老後を心配した。
塚本訳 ヨハ 19:25-27
19:25 ところが一方、イエスの十字架のわきには、その母(マリヤ)と母の姉妹、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤが立っていた。
19:26 するとイエスは母上と、そのそばに立っている自分の愛する弟子とを見て、母上に言われる、「女の方、これがあなたの息子さんです。」
19:27 それからその弟子に言われる、「これがあなたのお母さんだ。」この時以来、その弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。
●この所で、いつも疑問に思うことは、二つある。
@イエスには兄弟がいたのになぜ身内の兄弟に母を託さなかったのか。イエスは兄弟と仲が悪かったのか。さもあらん。家庭や母を捨てて伝道に飛び回った兄イエスを弟たちはよくは思っていなかったのであろう。あるときは兄は「気が狂った」と思って取りおさえようとした。(マコ3:21)
Aイエスの愛弟子(12弟子の一人のヨハネと考えられる)にしてもよく赤の他人のマリヤを「家にひきとった」ものだ。それは肉の家族ではなく霊の家族だからこそできたのであろう。●しかし、神はイエスの母マリヤを養った。その詳細はわからない。マリヤのその後の老年の生きざまを知る手がかりは次の使 1:14の句だけである。 マリヤは霊の家族のうちに幸福に生きたのであろう。Uコリ4:16
塚本訳
使 1:14
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。
塚本訳Uコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。