復活の使徒伝承を継承する
・・・第4回「神は命を再創造する」・・・
今井館伝道聖書集会 高橋照男 2010.12.12
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1・私が有体的復活を信じるようになったいきさつ。「胸が熱くなった」事実。 2・天地創造時の世界の完全さ。神と人間のはじめの関係の美しさ。 3・人間の神への反抗(=罪)による神と人間の関係の破綻。苦悩の始まり。4・キリストが第二のアダムと言われる意味。神による関係回復の知恵と努力。5・イエスの死の意味は分かりにくい。神が信じられないという尤もな理由。6・イエス自身は自分の死を贖罪と考えていたのか
。聖書学の趨勢は否定的。7・復活したイエスが現れて下さって「死の意味」が分かったペテロとパウロ。8・イエスの死と有体的復活を伝承しない教会や集会は歴史から遊離して消滅。9・イエスの死は私に対する贖罪だと信じられる神の祝福による関係回復の時。10・神は最終的には万物を再創造して完成する。万人救済の希望と祈り。
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1・私が有体的復活を信じるようになったいきさつ。「胸が熱くなった」事実。
●信仰告白伝承で胸が熱くなり、「空の墓」は歴史的事実であることが見えた。
塚本訳 ヨハ
20:1-9
20:1
(翌々日、すなわち)週の初めの日(日曜日)の朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に来てみると、墓(の入口)から石がのけてあった。
20:2
そこでシモン・ペテロと、イエスが可愛がっておられたもう一人の弟子との所に走って行って言う、「主を墓から取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:3
そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
(中略)
20:8
すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。
塚本訳 ルカ
24:21-24
24:21
ほんとうにわたし達は、この方こそイスラエル(の民)をあがなってくださる人だと望みをかけていたのに!そればかりが、かてて加えて、そのことがあってから、きょうはもう三日目になったのです。(もはや生き返られる望みもありません。)
24:22
ところがまた、仲間の女たちがわたし達をびっくりさせました。──この女たちは朝早く墓に行ったが、
24:23
お体が見つからずにかえって来て、天使たちがあらわれ、あの方は生きておられる、と告げたと言うのです。
24:24
そこで仲間の男が二三人墓に行って見ると、はたして女たちの言うとおり(墓は空っぽ)だったが、(生きておられるという)その方は見えなかったのです。」
●それは罪の赦しと永遠の生命の実在の証拠であること。その信仰告白は地上で[歴史的に]連鎖的につながりついにこの私にまで到達した。
塚本訳ルカ
24:31-32
24:31
(その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32
二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
塚本訳Tコリ15:3-8
15:3
まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5
またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。
15:6
そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。
15:7
そのあと(御兄弟の)ヤコブに、それから使徒一同に、御自分を現わされた。
15:8
しかし一番最後には、さながら月足らずのようなわたしにも御自分を現わされた。
2・天地創造時の世界の完全さ。神と人間の初めの関係の美しさ。
口語訳 創
1:26-28
1:26 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
1:27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
口語訳 創
1:31
1:31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。
口語訳 創
2:15
2:15 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。
3・人間の神への反抗(=罪)による神と人間の関係の破綻。苦悩の始まり。
●創世記記者は世界に不幸が始まった原因は、人間が神から自由になろうとした不従順反抗が原因と見た。これが神殺しの「罪」である。煩悩は罪ではない。
口語訳 創
3:4-5
3:4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
3:5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
口語訳 創
3:17-18
3:17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
口語訳 創
3:16
3:16 つぎに女に言われた、/「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、/彼はあなたを治めるであろう」。
口語訳 創
6:5-7
6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
6:6 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、
6:7 「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。
4・キリストが第二のアダムと言われる意味。神による関係回復の知恵と努力。
塚本訳 ロマ
5:12
5:12
(この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)
塚本訳 ロマ
5:17-19
5:17
一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。──
5:18
従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。
5:19
すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。
塚本訳 ロマ
3:21-26
3:21
しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。
3:22
この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。
3:23
なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24
(さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
3:25
すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26
今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。
●人間は神から自由(自立、独立)しようと思って反抗して返って不自由になり、神に従順になることによって真の自由を得る。理性ではこれが分からない。
塚本訳 ヨハ
8:31-32
8:31
すると信じたユダヤ人に言われた、「もしわたしの言葉に留まっておれば、あなた達は本当にわたしの弟子である。
8:32
真理を知り、その真理があなた達を自由にするであろう。」
5・イエスの死の意味は分かりにくい。神が信じられないという尤もな理由。
●「福音は難しいのではないか」
塚本訳ロマ
10:18-19
10:18
しかし、わたしは考える、彼らは(福音を)聞かなかったのではあるまいかと。そんなことはない。『その声は全地に、その言葉は世界の果てにまで出ていった。』(と書いてある。)
10:19
しかし、わたしは(なお)考える、イスラエル人は(聞くには聞いたが、むずかしくて)わからなかったのではあるまいかと。(そんなことはない。)第一にモーセは言っている。(『神は言われる、)「わたしはわたしの民でない者(を救うこと)によって』あなた達に『妬みをおこさせ、愚かな民によって』あなた達を『怒らせる」(と。)』(愚かな異教の民さえ信じたのである。)
●日本人がキリスト教は信じにくいという様々な型
@文学者型。A仏教者型。B理論型。C革命家型。D絶望型。E袈裟嫌い型。F懐疑型。G宗教嫌い型。H神への不満型。➉求道者型。
塚本訳 ピリ
3:19
3:19
あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!
塚本訳Tコリ2:3-5
2:3 [アテネではこの世の知恵で福音を説こうとしたので失敗した。]それでわたしは、弱く、恐れて、またひどく震えて、あなた達の所にいたのである。
2:4 そしてわたしの話も説教も、人を感服させる知恵の言葉によらずに、(神の)霊と力との(直接の)立証によった。
2:5 それはあなた達の信仰が人間の知恵に基づくのでなく、神(御自身)の力に基づくためであった。
塚本訳Tコリ2:14
2:14
しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。
●(霊の、心の)貧しい人には福音が分かる
塚本訳 マタ
11:2-6
11:2
さて(洗礼者)ヨハネは牢屋で、(イエスの)救世主としての働きを聞くと(心が動揺し、)弟子たちをやって、
11:3
「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4
イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5
──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6
わたしにつまずかぬ者は幸いである。」
6・イエス自身は自分の死を贖罪と考えていたのか。聖書学の趨勢は否定的。
●イエスは生きているうちに間もなく終末が来ると思っていた
塚本訳ルカ
9:27
9:27
本当にわたしは言う、(その時はじきに来る。)今ここに立っている者のうちには、死なずにいて、その神の国を見る者がある。」
塚本訳 マタ
10:23
10:23
この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。
●イエスは、自分の在世中は神の国の実現がないと途中から感じ始めた。
塚本訳 マタ
16:21
16:21
この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。
塚本訳 ヨハ
11:53
11:53
そこで彼らはその日以来、イエスを殺す決意をしていた。
●イエスが殺された原因は、宗教家達の妬みと民衆の地上王国建立の期待外れ
塚本訳 マコ
15:9-10
15:9
ピラトは答えて言った、「あのユダヤ人の王を赦してもらいたいのか。」
15:10
ピラトは大祭司連が妬みからイエスを引き渡したことを知っていたのである。
塚本訳 マコ
15:31-32
15:31
同じように大祭司連も、聖書学者と一しょに、こう言って(イエスを)なぶり合った、「あの男、人は救ったが、自分は救えない。
15:32
救世主、イスラエルの王様が!今すぐ十字架から下りてくるがよい。見たら信じてやるのに!」一しょに十字架につけられた二人(の強盗)も、イエスを罵った。
●イエスは最後まで神の救いを期待していたが絶望して発した「エリ、エリ」
塚本訳 マタ
26:52-53
26:52
その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53
それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
塚本訳 マタ
27:46
27:46
三時ごろ、イエスは大声を出して『エリ エリ レマ サバクタニ!』と叫ばれた。これは『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。
7・復活したイエスが現れて下さって「死の意味」が分かったペテロとパウロ。
●ペテロに有体的復活のイエスが現れて下さった事により、ペテロは裏切りの罪がこの時に「赦された」実感を持った。使徒伝承はこの歴史的体験が基礎。
塚本訳 ルカ
24:33-34
24:33
時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34
「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
塚本訳 使 10:39-40
10:39
──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。
10:40
(しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。
●パウロに有体的復活のイエスが現れて下さったことで、信者殺害の罪責感があったパウロは「赦された」実感を持った。この体験が使徒伝承の基礎。
塚本訳 使 9:4-6
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
塚本訳 使 13:28-30
13:28
死罪にあたるなんの罪も認められないにもかかわらず、ピラトに願って彼を死刑にしてしまったのだから。
13:29
そして彼について(聖書に)書いてあることを一つのこらず完了すると、(十字架の)木から(死体を)下ろして墓に納めた。
13:30
しかし神は彼を死人の中から復活させられ、
●聖書の結集は「贖罪観」が一致するもの。「伝統的・規範的」信仰の成立
塚本訳 ガラ
1:8-9
1:8 しかし、わたし達自身でも、あるいは天の使でも、わたし達が伝えた福音に反する福音を伝えるならば、その人は呪われよ。
1:9 前にも言ったと同じに、今もう一度言う、あなた達が以前に受けいれたものに反する福音を伝える者は、呪われよ。
●現代における霊への復活顕現は様々であるが、共通点は「罪の赦し」の体験
塚本訳 使 9:7
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである。
8・イエスの死と有体的復活を伝承しない教会や集会は歴史から遊離して消滅。
●パウロが「一番大切な事」だと告げることは十字架の死の意味と有体的復活。
キリスト教の最大の敵であるグノーシス(仏教類似)は使徒伝承を軽視する。
塚本訳 Tコリ15:3-5
15:3
まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5
またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。
●福音は使徒伝承を心から信じて伝える人と、それを聞いて受け入れる人の存在で広まる。使徒伝承は神に遣わされた人が説かないと伝わらない真現がある。
塚本訳 ロマ
10:14-15
10:14
ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15
(神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。
●福音を全世界に宣べ伝えよ。救われるべき人は多い
塚本訳 使 1:8
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」
塚本訳使 18:9-10
18:9
するとある夜主が幻でパウロに言われた、「『恐れることはない。』語りつづけよ、沈黙するな。
18:10
『わたしはいつもあなたと一緒にいて、』だれもあなたを襲って害を加える者はない『のだから。』またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」
9・イエスの死は私に対する贖罪だと信じられる神の祝福による関係回復の時。
●それは神が心を開いてくださる時、胸が熱くなる時、神が分かる時
塚本訳 ルカ
24:32
24:32
二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
塚本訳 使 16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。
●使徒伝承や復活の真理は人間ではなく三位一体の神、聖霊が教えてくれる。
塚本訳マタ
16:15-17
16:15
彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16
シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17
するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
塚本訳エペ
1:17
1:17
われらの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と黙示との霊を君達に与えて神の知識に至らせ給わんこと、
塚本訳 Uコリ13:13
13:13
主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを。
10・神は最終的には万物を再創造して完成する。万人救済の希望と祈り。
●終末での『不信者の復活』。新天新地の創造による万物の再生と完成。終末で全人類(特に身内)が復活することは我々の悲願。これは人間の希望と祈り。
塚本訳 ロマ
8:18
8:18
(しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。
塚本訳黙 21:4
21:4
彼らの目から悉(ことごと)く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」
●黙示録20:14では終末には「第二の死」という恐ろしい霊魂の死がある事を言うが、見解が分かれるのは終末における不信者の復活。Tコリ15:24aのte,loj、テロス(ギリシャ語)は普通「終末」とか「終わりが来る」と訳される。(口語、新改訳、前田、新共同、文語、田川、KJV、NKJV、TEV、NTD)しかし塚本訳は「残りの人たちが」とし、不信者が復活するという万人救済説を取る。黒崎も万人救済説に立つ。神はキリストの功によって死を滅ぼされたからである。
塚本訳 黙 20:14
20:14
そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。
塚本訳 Tコリ15:22-24
15:22
(一人の人)アダムとのつながりのゆえにすべての人が死ぬのと同じように、(一人の人)キリストを信じてすべての人が命を与えられるのである。
15:23
ただ(それには順序がある。)ひとりびとりが自分の(属する)組の番の時に(復活する。)最初は(すでに)キリストが、その次に、キリストの来臨の時にキリストのものである人たちが、
15:24
それから(最後に)残りの人たちが。この時、キリストはすべての支配(天使)、すべての権威(天使)と権力(天使)とを滅ぼした後、神にして父なるお方にその王国を引き渡される。
塚本訳 ヨハ
12:47
12:47
しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから。