大熊好子さんの思い出

 

 

 

 

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ありし日の大熊好子さん

 

 

塚本訳 ルカ 8:52

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、

泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

 

 

 

 

 

2007.4.4 高橋照男

(パソコン日記より)

070331(土)

●HP「使徒伝承」の中の「キリスト信者はなぜ身内から疎まれるのか・・・・大熊一雄さんと好子さんへのレクイエム(鎮魂曲)」を修正、大熊好子さんの写真入でアップロード。これで大熊一雄さん御夫妻への供養が済んだ感じになった。その結語は次の通り。

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 ●クラウス著「ダンテ」の結論

 

『ダンテは常に謎の人であった。しかし彼の何であるかに気づいた少数の者には、天国への道を彼は開いた。』

 

○これ、大熊さんご夫妻のことを指しているように思える。

 

○大熊好子さんの思い出。

 

○1969年(昭和44年)、私が26歳のときのこと。国際文化会館のロビーで、大熊好子さんから一通の縁談の手紙を渡された。大熊さんは私に「この人と結婚しなさい」と膝詰めの権威ある姿勢であった。推薦文に「信仰が立派」という言葉があった。私はその言葉を信じて、相手に会うことなく、また妻も私に会うことなく結婚を決めた。後年妻は私に「あのときあなたに会っていたら結婚を決意したかどうかわからなかった」と言った。「見ずして信ずるは幸いなり」だ。(ヨハネ20:29)。(笑い)

 

○私の子供の多くが大熊好子さんの「骨折り」の恩恵にあずかっている。

 

○いろいろな事情で集会に顔出しできなくなった人の「友」となって分け隔てなくお付き合いをされた。

 

○昨年はじめ、ご自分の余命の短いことを悟られたのか、御郷里の「いわき市」のお寺に一雄さんのお墓を建立した。私たち夫婦は、2006.7.31に墓参に行った。墓碑銘は塚本先生の筆跡を拡大してあった。

 

○人間の真価は棺桶の蓋を閉じてからわかると言われる。3月6日に召されたときから、いわき市のそのお墓にお参りをしたいので場所を教えて欲しいという人が何と今日まで6名にも上っている。私の経験では異例である。イエスの墓を訪ねたというあの女性達の心を思った。

 

塚本訳 マコ 15:47〜 16:1-2

15:47 マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、なきがらの納められた所を見ていた。

16:1 (翌日、日が暮れて)安息日が終ると、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエス(の体)に油を塗りに行くために、(油にまぜる)香料を買いととのえた。

16:2 そして(あくる朝、すなわち)週の初めの日[日曜日]の朝、ごく早く、日が出ると墓場に行く。

 

 

結語

○大熊さんご夫妻はご身内の方々からは必ずしも良く理解されたとは言いがたい方々でした。それはダンテの言う「謎の人」でありましたが、私たち家族も含めて「少数の者」を天国に導いてくださいました。復活の朝、必ずやお会いできますことを固く信じます。さようなら大熊さん「また会う日まで」。それはそんなに「遠い日」ではありません。「死は一時の眠り」。眠っているときは時間を感じません。眠りから覚めるとき、それは復活の時です。有体的に霊の体での復活です。その日の再会を期待します。それがあることを信じます。

 

 

 

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                          ありし日の大熊好子さん  

 塚本訳 ルカ 8:52

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

 

 

 

塚本訳 Tコリ15:3-5

 

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

 

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

 

塚本訳 Tコリ15:20
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として

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070326(月)大熊好子さん逝き、若者の聖書勉強会も休会、子供の結婚として長男が最後に決まり、目の前に急に「老いの坂」が見えてきた。この坂どこまで上れるのだろう。●若き日に熱心に読んだヒルティの「老年について」と「高きを目指して」を再び読みたくなった。ヒルティは人生の曲がり角で常に現れる●ヒルティは「仕事中に死ぬ」のが理想だと言った。そうありたい

070325(日)●集会は、丹野、山口喜代子(大熊好子さんの思い出)、横田淳(使徒言行録の時代)●昼食会で横田氏と懇談。無教会的聖書の読み方、複雑系の学問など●13:00若者の聖書勉強会。マルコ16章の最後をめぐって談論風発。杉崎孝、小寺利男、七重、高橋照男、トミ子、高橋新一●最後に新一から若者の聖書勉強会の休会宣言。無教会的聖書輪読感話会のよい雰囲気だったのに残念だとの意見が出たが、新一の結婚を一区切りに、ここで休会するという。また良い別の形で再開されることを祈る。●7年間もよく続いた。聖書そのものを輪読して自由に感想を述べ合う、無教会的集会の理想的な形であった。ある若い人が「イエス様の話って面白いですね」と興味を示した人がいたという。その人一人のために7年間の勉強会があったとしても良かったと思われる。●新一は新一で「無教会」の何であるかを掴んだようでその認識のために「勉強会」があったとしても十分意義があった。杉崎孝(93歳)、故大熊好子(80歳)小寺利男(79歳)、諸氏のご指導に感謝。●7年前と言えば私の家が焼けた年、私が脳内出血で意識不明になった年。この第一回目の日に家屋を失ったのだった●主催者の新一と愛子の労を多とする。主にある苦労は無駄に終わらない。天に宝を積んだ。いつか意外な思わぬ形で芽が出る。

塚本訳Tコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

新改訳 ピリ 2:15-16
2:15 それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、
2:16 いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができます

●「若者の聖書勉強会」では次のような著しい発言があった。「神は日本に純粋な福音を植えるために無教会主義を起こした。だから無教会主義という主義そのものはなくなってもよい」●妻は品川の愛子のところに行って20:30帰宅●珍しくもOTさんから電話。

 

070315(木)一昨年召された大熊一雄さんと今月召された大熊好子さんへのレクイエム(鎮魂曲)を執筆。

 

070311(日)集会は長島、小寺(ピリピ)、山本(使徒)●今日の集会は小寺、山本の両氏から故大熊好子さんの追悼の言葉があって、期せずして告別式のようになってよかった●昼食は小寺、山口と私たちの4人。大熊さんを偲ぶ食事会となった

 

070309(金)●塚本先生を尊敬していた大熊好子さんはその死に方まで師に倣った。つまりだれもみていないところで一人で逝った。●人間は生まれてくるときは一人、死ぬときも一人が自然の姿だ●家族に看取られ、愛する人に手を握られているうちに死ぬということでなくてよい。●「泣かれて惜しまれて盛大な葬式をされなくてもよいのだ。神にのみ知られることで満足するする人生が理想なのだ。大熊好子さんは理想的な死に方も私に教えてくださった。感謝(この件、3月9日18:30の「大熊好子さんを送る会」で甥の佐藤啓一氏夫人一人が病院におられたということが判明した)●ヒルティもバルトも一人で逝った。ヒルテイは愛嬢が暖かい飲み物を持ってきたら「彼の魂はすでに天の星にむかって飛翔していた」(シュトゥッキのヒルテイ伝P333)。●バルトの場合は夫人がいつものように目覚めの曲にモーツゥアルトをかけに入ったら、息がなかった。眠っているうちに逝ったのだ●ヒルティは64歳で夫人に先立たれた。それから12年間は一人。夫人を失ったとき、私は半分になってもう完全ではないと嘆いたとう。長男のエトガルは生涯病弱であって、それがヒルテイの悩みの種、それがあの「眠られぬ夜のために」を生んだ。●1980年にスイス・ベルンのブルームガルテンにあるヒルティの墓に詣でた。その墓にはヒルテイと夫人とそれに長男エトガルが眠っていた●人間、「思いがけない、とんでもない苦難」が逆に高尚な思想を生むものだ

 

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                  ありし日の大熊好子さん。私たちと

2006.7.9 野口英世記念会館。久しぶりに

三重県から来られた。14日に癌の手術をされるという前に。

 

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大熊好子さんを送る会」2007.3.9 18:00 於・野口英世記念会館分室。後列左から、高木博義、高木千賀子、金子幸子、山口喜代子、高橋トミ子、小寺七重、山本淳子、前列左から、高橋照男、小寺利男、佐藤啓一(好子さんの甥、三重県から)、山本政則

●ご遺族としては明日10日、福島県いわき市の墓に埋骨するというので、東京通過の際、信仰の仲間が急遽集まって「送る会」を開いた。讃美歌を歌って全員2分間スピーチの心暖まる理想意的なよい「前夜式」であった。内容は「お祝い」の「送る会」であった。私のスピーチ「私が25歳のとき、大熊さんが『この中に大切なものが入っています』と言って縁談の手紙をお渡しくださった。開封するといわき市の四家ケイ先生の大熊好子さんに対する手紙。「トミちゃんのことを考えてくださってありがとう。・・・・トミちゃんは信仰も立派・・・・」。わたしはこの一言を信じて妻と会わずに結婚を「決断」。妻も私に会わずに「決断」。38年前のことであった。大熊さんはその生き様を通して『無教会』を教えてくださった」。妻のスピーチ「大熊さんは私がいわき市にいたらダメになると思われて東京に呼び出してくださったのだそうです」

 

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●ご遺族の佐藤啓一氏がお持ちになられた「若かりし時の大熊好子さん。みんな「ワーッ、きれい」。これ信仰美人という。2007.3.9 「送る会」

●写真の大熊さんが「死んでなんかいません(千の風になって)」と言っているような気がする。

●遺骨は御遺族の佐藤啓一氏が松阪(三重県)からお運びになられ、東京の野口英世記念会館で急遽開かれた「送る会」の終了後20:40すぐご主人の眠る福島県いわき市に向かった。大熊さんは東京通貨の途中で「東京聖書読者会」の面々に会っていかれたという感じ。

●「さようなら大熊さん。40年間の長きにわたりありがとうございました。あなたは私と家族の歴史でした。守護神でした。無教会を教えてくださいました」「復活の日、その朝にまたお会いできますことを固く信じます」。「大熊さん万歳!凱旋です

 

070308(木)早朝散歩。何を見ても大熊さんの顔が浮かんでくる。

 

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朝日を見ると「千の風になって」の詩の一節。「私は・・・死んでなんかいません」と大熊好子さんが言っているようだ。 2007.3.8 6:40

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富士を見ても大熊好子さんを思う。讃美歌310を思う   2007.3.8 6:40

讃美歌310番3節

3. しずけき いのり の とき は いと たのし.

   そびゆる ピスガ の やま の たかね より

   ふるさと ながめて のぼりゆく ひ まで,

   なぐさめ を あたえ, よろこび を みたす.

 

070307(水)大熊好子さんが召されたとの報告が山口喜代子さんから入る。そこで甥の啓さんと連絡しあってご主人の一雄さんの眠るいわき市の墓に納骨される3月10日の前夜(3月9日)に東京でごく少数で祈祷会をすることに決定。●無教会は何事もスット決まるからありがたい。組織の無いところの強み。これが組織だと「顔やメンツを立てる」という順序があるからもめる。ゴタゴタして何日もかかる。そしてスット決まらない●かって葬儀社の方から無教会は決定が早くてありがたい。無教会のやり方はプロテスタントの牧師やカトリックの神父に見習ってもらいたいと言われた。万歳。無教会の勝利?だ。●大熊さんが召されたのは3月6日、午前0時30分、一時間前まではラジオを聴いていたと言うから、苦しまずに安らかに逝かれたようだ。ご病名は卵巣癌であったという。甥の啓さんが駆けつけたときは召されていたと言う。一人で逝ったのだ。●人間、誰にも看取られないで一人で逝くということを人生観とした方が楽だ。「泣かれず惜しまれず」に眠っている間に逝くのだ。神にのみ知られる人生だ●大熊さんに毎週プリントして送っていたブログ日記は最後の分まで読まれたようだ。また別に送った「千の風になって」(070220および使徒伝承にもアップ)も多分目を通してくださったはず●大熊好子さんは私たちの仲人。思い出はきりがない。我が家の深いところまで愛をもって導いてくださった。大熊好子さんなくして我が家はなかった。大熊さんは我が家の歴史だ。淋しい。淋しい。●大熊好子さんからは「無教会者」の生き方を身をもって教えてもらった。すごい文化であった。重要無形文化財であった●しかし「千の風になって」の中の、「私は死んでなんかいません」という声が聞こえてきた●あまりに悲しいので母のときと同じようにバッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲の第二楽章」を二回聴いた。でも淋しい。悲しい。●これは大切なお手紙ですから家に帰ってから開けなさいといわれて妻との結婚の話が写真入であった。あれが初めだ。あのときから私の人生も「ツキ」が向いてきたのだ。

070224(土)

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寒風の吹きすさぶ寒い朝。「草は枯れ花は落」。故大熊一雄さんの墓碑銘を思う。

                 2007.2.24 6:50

 

070114(日)●集会は宮崎、村上、山本、小寺さんの報告●小寺夫妻、望月、山口で昼食●山口さんから大熊好子さんの容態を伺う

061105(日)●集会は高橋新一(司会)、大山秀夫、高橋照男(イエス伝、いなくなった羊の譬、信仰なき人はどうなるのだろう、人間イエスが神の子に見える日)●昼食は、小寺御夫妻、大熊好子、山口喜代子、金子幸子●中野で下車、甘いもの屋で大熊好子さんと懇談。別れ際に大熊さん「じゃー、また来年お会いしましょう」

061103(金)4時起床。今日は37回目の結婚記念日。感謝の祈りを捧げる●今年は私達を紹介してくださった大熊一雄さんがおられないのは寂しい。2005.11.召天

 

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若者の聖書勉強会。於「あんさんぶる荻窪」 2006.9.24

後列左から高橋トミ子 高橋新一 伊勢愛子 高橋照男 小寺七重

前列左から 伊勢初音 大熊好子(三重より) 杉崎孝 小寺利男

マルコ9−10章の勉強。「一番上になりたい者は一番下になれ。仕える者になれ」の勉強。大いなる意見が出た。

060903(日)5時起床●10・00夏期聖書勉強会。(東医健保会館)。大熊好子さんが名古屋から出席。12名。各自少しずつの感話を2順。司会新一。プロテスタントの集会として理想的.。出席者の記録。宮崎トキ、小寺利男、小寺七重、藤巻胖、杉崎孝、高橋トミ子、高橋照男、山本政則、大熊好子、長島建一、高木博義(紙上参加)

 

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夏期聖書勉強会 2006.9.3 東医健保会館

前列左から 山本政則 高橋照男 大熊好子(名古屋から!) 小寺利男

 

060901(金)

●女性は男性より長生きする。私の死亡推定年齢は82歳。あと18年10ヶ月。孫たちの結婚式には出られない。妻は今の予想では私の死後約5年は生きる。●自分の余命年数を知ると生活に緊張感がでて有益。バカなことはやっていられないという気持ちになる。遊びまくってはいられないという気持ちになる。神の愛にこの身を捧げ尽くすのだ。神に恩返ししてパッと散るのだ。そうすると長さは問題ではない。イエスは33歳であった。人生は「長さでなく中味だ」●「健康で長生き」を人生の目標にしてはいけない。それは価値の低い人生観だ。またそれが幸福ではない。短くても一瞬輝いてパッと散るのが人生。

●聖書では人間の寿命というものをどう考えているのかを調べる。一番現実的なのは詩篇90篇10節。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

新改訳 詩  90:10
90:10 私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。

新共同 詩  90:10
90:10 人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても/得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。

NKJV 詩  90:10
90:10 The days of our lives are seventy years;And if by reason of strength they are eighty years,Yet their boast is only labor and sorrow;For it is soon cut off, and we fly away.

TEV 詩  90:10
90:10 Seventy years is all we have- /eighty years, if we are strong; /yet all they bring us is trouble and sorrow; /life is soon over, and we are gone.

●NKJVの For it is soon cut off, and we fly away.とTEVのlife is soon over, and we are gone.を読むと泣けてくる。人生ははかない。あっという間だ。そうだ、人生はgone  with the wind.「風とともに去りぬ」だ。●親友の大沢胖君も鈴木忠昭君も還暦を待たずに逝った。私は63歳までも生きられて「申し訳ない。もったいない」。かくなる上は殉教だ。「苦しみは瞬時にして喜びは永遠なり」(ヒルティ幸福論Vの最後の言葉)。●初代教会の殉教者には「老いも若きも」いたのだ。彼らは人生の目的がはっきりしていて一瞬輝いてパッと散ったカッコいい人生であった。殉教の苦も、愛があれば痛くない、痛くてもそれは一瞬だ。ヒルティが励ましてくれる。●かってローマのカタコンベを訪れたときに、首を切られた殉教者の像を見た。若き彼女は今神の国で輝いている●殉教のときの痛さや苦しみは愛の故に一瞬だ。●賀川は妾の子供として生まれたために世間から冷たくされいじめられた。そのため不遇な淋しい少年時時代を過ごしたがマヤスとローガンという宣教師に拾われて本当の愛である神の愛に出会った。それからの彼は神に一身を捧げて、気の毒な人に尽くしてノーベル平和賞の候補にまでなった。アメリカには「カガワストリート」がある。日本よりも欧米で有名。賀川の苦しみや悲しみの生涯も一瞬であった。賀川の愛唱讃美歌は495番●親や伴侶や兄弟や子供が汚れていても、然り、血が汚れていても神は清めてその人を神の国のために使う。賀川豊彦はそのよい例。神は奇蹟で人を清める

 

讃美歌495番

1イエス よ この 身 をゆかせ たまえ,

   愛の したたる 十字架 さして.

 (Refrain)

   我 はほこらん ただ 十字架 を,

   天(あま)ついこいに 入(い)る とき まで.

2. 十字架 に すがるよわき われ は,

   今ぞ 知りぬる ふかき めぐみ.

3. 十字架 の うえに よろこび あり,

   たえず 御陰(みかげ)に よらせ たまえ.

4. かがやく 国 にのぼる 日 まで,

   十字架の もと に 立ちて ぞ 待たん.

●詩篇90:10の類似個所は次のTペテ1:24-25。ただし最後の25節が旧約と違うところ。明るい。これは大熊一雄さんご夫妻の墓碑銘(いわき市、2006.7.31日記参照)


文語訳  Tペテ1:24-25
1:24 『人はみな草のごとく、その光榮はみな草の花の如し、草は枯れ、花は落つ。
1:25 されど主の御言は永遠に保つなり』、汝らに宣傅へたる福音の言は即ちこれなり。

塚本訳 Tペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

NKJV Tペテ1:24-25
1:24 because"All flesh is as grass,And all the glory of man as the flower of the grass.The grass withers,And its flower falls away,
1:25 But the word of the Lord endures forever." Now this is the word which by the gospel was preached to you.

TEV Tペテ1:24-25
1:24 As the scripture says, /"All human beings are like grass, /and all their glory is like wild flowers. /The grass withers, and the flowers fall,
1:25 but the word of the Lord remains forever." /This word is the Good News that was proclaimed to you.

●TSKで詩篇90:11の引照を調べる。

 Deuteronomy 28:59:
主はあなたとその子孫の上に激しい災を下されるであろう。その災はきびしく、かつ久しく、その病気は重く、かつ久しいであろう。

Deuteronomy 29:20:
主はそのような人をゆるすことを好まれない。かえって主はその人に怒りとねたみを発し、この書物にしるされたすべてののろいを彼の上に加え、主はついにその人の名を天の下から消し去られるであろう。

Nahum 1:6:
だれが彼の憤りの前に立つことができよう。だれが彼の燃える怒りに耐えることができよう。その憤りは火のように注がれ、岩も彼によって裂かれる。

Luke 12:5:
恐るべき者がだれであるか、教えてあげよう。殺したあとで、更に地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。そうだ、あなたがたに言っておくが、そのかたを恐れなさい。

II Corinthians 5:11:
このようにわたしたちは、主の恐るべきことを知っているので、人々に説き勧める。わたしたちのことは、神のみまえには明らかになっている。さらに、あなたがたの良心にも明らかになるようにと望む。

Revelation of John 6:17:
御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができようか」。

●BbBで調べる

口語訳 Uペテ3:8

3:8 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。

 

 口語訳マタ 6:30

6:30 きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。

 

口語訳 ヤコ 1:11

1:11 たとえば、太陽が上って熱風をおくると、草を枯らす。そしてその花は落ち、その美しい姿は消えうせてしまう。それと同じように、富んでいる者も、その一生の旅なかばで没落するであろう。

 

 口語訳 Tコリ3:7

3:7 だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。

 

 新共同ヤコ 1:11

1:11 日が昇り熱風が吹きつけると、草は枯れ、花は散り、その美しさは失せてしまいます。同じように、富んでいる者も、人生の半ばで消えうせるのです。

 

060816(水)5時起床●茅ヶ崎の金子幸子邸で大熊好子さんの快気祝い懇親会。癌の手術が成功してお元気になられたのは我々にとって癌は直ると言う「希望」を与えてくれた

 

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大熊好子快気祝い。於金子幸子邸 2006.8.15 神奈川県茅ヶ崎市

後列左から 高橋照男 高橋トミ子 小寺七重

前列左から 大熊好子 金子幸子 小寺利男 山口喜代子

茂木洋子さんは途中退席

懇親懇談大笑い。大熊さんは癌の手術が成功し、とてもお元気なのは私たちの「希望」

私は大熊さんに「死んだラザロが生き返ったとき宴会をした」と話した。

口語訳 ヨハ 12:1-2
12:1 過越の祭の六日まえに、イエスはベタニヤに行かれた。そこは、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロのいた所である。
12:2 イエスのためにそこで夕食の用意がされ、マルタは給仕をしていた。イエスと一緒に食卓についていた者のうちに、ラザロも加わっていた。

 

新改訳 ヨハ 12:1-2
12:1 イエスは過越の祭りの六日前にベタニヤに来られた。そこには、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロがいた。
12:2 人々はイエスのために、そこに晩餐を用意した。そしてマルタは給仕していた。ラザロは、イエスとともに食卓に着いている人々の中に混じっていた。

大熊さんはいよいよ手術の時には「祈れなかった」と言う。私はそれが本当の祈りだと言った。人間、本当に苦しい時には口に出しては祈れない。どう祈ったらよいか分からないのだ。ただ「呻く」だけ。パウロは次のように言う。

塚本訳  ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

文語訳 ロマ 8:26-27
8:26 斯くのごとく御靈も我らの弱を助けたまふ。我らは如何に祈るべきかを知らざれども、御靈みづから言ひ難き歎きをもて執成し給ふ。
8:27 また人の心を極めたまふ者は御靈の念をも知りたまふ。御靈は神の御意に適ひて聖徒のために執成し給へばなり。

TEV ロマ 8:26-27
8:26 In the same way the Spirit also comes to help us, weak as we are. For we do not know how we ought to pray; the Spirit himself pleads with God for us in groans that words cannot express.
8:27 And God, who sees into our hearts, knows what the thought of the Spirit is; because the Spirit pleads with God on behalf of his people and in accordance with his will.

●イエスも最後は孤独の祈り、孤独のもだえであった。誰も助けてくれなかった。

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

060731(月)

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午後、いわき市の菩提院に故大熊一雄さんの墓参をする。裏面の墓誌には一雄さんと並んで大熊好子さんの名前も彫ってあり朱色で塗ってあった。朱色はご存命という印。大熊好子さんは若き日にこの福島の地で塚本先生に出会い、尽くされた。思い出の地に眠るのが安らかで喜びなのだろうと思った。2006.7.31

表面には次のように彫られていた。誰の字だろう。(後日、塚本虎二先生のものと好子さんに伺う)

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人はみな草のやう

またその栄華はみな草の花のやうである

草は枯れた 花は落ちた

しかし 主の言は 永遠に消えうせない

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●この言葉は新約聖書1ペテロ1章24−25節である。本当にそうだなーと思う。人生は短い、淋しい。悲しい。泣けてくる。大熊さん安らかに。来世で御挨拶、御礼申しあげます。

口語訳 Tペテ1:24-25
1:24 「人はみな草のごとく、/その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、/花は散る。
1:25 しかし、主の言葉は、とこしえに残る」。これが、あなたがたに宣べ伝えられた御言葉である。

新改訳 Tペテ1:24-25
1:24 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。
1:25 しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。

新共同 Tペテ1:24-25
1:24 こう言われているからです。「人は皆、草のようで、/その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、/花は散る。
1:25 しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。

塚本訳  Tペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

文語訳  Tペテ1:24-25
1:24 『人はみな草のごとく、その光榮はみな草の花の如し、草は枯れ、花は落つ。
1:25 されど主の御言は永遠に保つなり』、汝らに宣傅へたる福音の言は即ちこれなり。

TEV Tペテ1:24-25
1:24 As the scripture says, /"All human beings are like grass, /and all their glory is like wild flowers. /The grass withers, and the flowers fall,
1:25 but the word of the Lord remains forever." /This word is the Good News that was proclaimed to you.

 

060709(日)集会は藤巻、高橋新一(太宰治の黄金伝説を聖書的に読む)、山本政則(使徒)●14日に癌の手術をされる大熊好子さんが三重県からお見えになられた。

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2006_0709_094703AA0001.jpg大熊好子さんが三重県から集会に来られる。2006.7.9 9:47 千駄ヶ谷野口英世会館。

左から高橋トミ子、大熊好子、高橋照男

大熊さんは14日に癌の手術をされる。

 

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14日に癌の手術をされる大熊好子さんが松阪市から集会に来られた。2006.7.9 12:10

左から大熊好子 高橋新一。大熊さんは新一の感話を聞いてくださった。

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14日に癌の手術をする大熊好子さんを囲んで昼食。 2006.7.9 12:30 

千駄ヶ谷駅前ユーハイム

左から高橋トミ子、宮崎トキ、小寺七重、山口喜代子、斉藤みち、大熊好子、杉崎孝(93歳)、小寺利男、高橋照男

サッカーのPK戦のときのように、皆でスクラムを組んで見守るような気持ち。成功無事を祈る。

●私のときも私を愛してくれる少数の信仰の仲間にこうしてもらいたいものだ。そうすればたとえ手術が失敗しても本望だ。人間は誰でもいつかは死ぬのだ。親しい仲間がスクラムを組んで見守ってくれる中で死にたい●かって東京衛生病院で手術をしたとき、この病院は手術の前に医者と看護婦が祈るのだと聞いていたので、たとえ失敗しても本望だと思った●しかし世の中には「泣かれず惜しまれずやっかい者として死んでいく」淋しい人がいる。そういう人の友となりたい。否、そういう人は神にのみ励まされるのだ。イエスのゲッセマネの苦闘の祈りの時は弟子たちは眠っていたが、天使だけが励ました。●イエスのゲッセマネの祈りの、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。・・・」との祈りは「とうちゃんお願いだから勘弁してくれ」という意味である。このときイエスは父なる神からも捨てられたと自覚していたのだ。●イエスを見送る人は誰もいなかったのだ。

塚本訳  ルカ 22:39-44
22:39 それから(都を)出て、例のとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たち(十一人)もついて行った。(もう真夜中すぎであった。)
22:40 いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

●今年3月にそのゲッセマネの園をおとずれたときの写真を2枚とその時の感想を再掲する。

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ゲッセマネの森のオリーブの老木 2006.3.26 オリブ山

この老木の祖先はあのイエスの苦闘の祈りの声と逮捕の場面を知っていたのだ。

塚本訳  マタ 26:36-46
26:36 ほどなくイエスは弟子たちと一しょに(オリブ山の麓の)ゲッセマネという地所に着くと、弟子たちに言われる、「わたしがあちらへ行って祈っている間、ここに坐って(待って)おれ。」
26:37 そしてペテロとゼベダイの子二人(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)悲しみおののき始められた。
26:38 それから彼らに言われる、「『心がめいって』『死にたいくらいだ。』ここをはなれずに、わたしと一しょに目を覚ましていてくれ。」
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」
26:40 やがて弟子たちの所に来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、「あなた達、そんなに、たった一時間もわたしと一しょに目を覚ましておられないのか。
26:41 目を覚まして、誘惑に陥らないように祈っていなさい。心ははやっても、体が弱いのだから。」
26:42 また二度目に向こうへ行って、祈られた、「お父様、どうしてもわたしが飲まねば通りすぎない杯ならば、どうかお心のままになさってください。」
26:43 また来て見られると、彼らはまたもや眠っていた。(悲しみのために疲れて、)瞼が重かったのである。
26:44 イエスは彼らをのこして、もう一度向こうに行き、また同じ言葉で、三度目に祈られた。
26:45 それから弟子たちの所に来て、(また眠っているのを見ると)言われる、「もっと眠りたいのか。休みたいのか。そら、人の子が罪人どもの手に渡される時が近づいた。
26:46 立て。行こう。見よ、わたしを売る者が近づいてきた!」

 

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イエスがゲッセマネで血の滴るような汗を流して祈りをした岩 2006.3.26 オリブ山にある教会

ゲッセマネの苦闘の祈り。イエスはどたん場になって死におびえた。この岩を前にして米国人と思われる婦人が泣いておられた。マルコ14章36節の「アバ、お父様」と言う祈りは「とうちゃん勘弁してくれよ」というのがその真意である。このとき一番辛かったのはイエスより父なる神であった。人類を罪から救うためにご自分の独り子を見殺しにしなければならなかったからだ。

塚本訳  マコ 14:32-42
14:32 やがて(オリブ山の麓の)ゲッセマネと呼ばれる地所に着いた。イエスは弟子たちに言われる、「わたしの祈りがすむまで、ここに坐って(待って)おれ。」
14:33 そしてペテロとヤコブとヨハネ(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)おびえ出し、おののきながら
14:34 彼らに言われる、「『心がめいって、』『死にたいぐらいだ。』ここをはなれずに、目を覚ましていてくれ。」
14:35 そしてなお少し(奥に)進んでいって、地にひれ伏し、出来ることなら、この時が自分の前を通りすぎるようにと祈って
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」
14:37 やがて来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、「シモン、眠っているのか。たった一時間も目を覚ましておられないのか。
14:38 あなた達、目を覚まして、誘惑に陥らないように祈っていなさい。心ははやっても、体が弱いのだから。」
14:39 それからまた向こうへ行って、同じ言葉で祈り、
14:40 また来て見られると、彼らはまたもや眠っていた。(悲しみのために疲れて、)瞼が重かったのである。イエスになんと答えてよいかもわからなかった。
14:41 三度目に来て、(また眠っているのを見ると)言われる、「もっと眠りたいのか。休みたいのか。もうそのくらいでよかろう。時が来た。そら、人の子は罪人どもの手に渡されるのだ。
14:42 立て。行こう。見よ、わたしを売る者が近づいてきた!」

 

060625(日)5時起床●大貫隆著「イエスの時」(岩波書店2006年5月刊)を読む。同じ著者で「イエスという経験」(2003年刊)があって、それの姉妹編。「復活信仰の成立をめぐる問題」の個所の6ページを読んだだけであとは読む気にならなくなった。「有体的復活」を信じていない。それは「イエスという経験」と同じ。「謎と見えた十字架刑の意味がわかったことが復活信仰の成立」だというのがテーゼ。●「オー、ノー」である。「解釈としての覚醒」が復活体験だという復活理解は世の常。これはイエスの「有体的復活」ではない。過去に八木誠一の復活理解が似たようなものであった●大貫隆氏が東大教授であるからと言って信じてはいけない。日本人は東大、岩波、NHKに弱い。すぐ信じてしまう●少し匂いを感じて「おかしい」と思うような感覚がないところ、正統信仰の伝承はない。●集会は高木、横田、村上●昼食会、山口さんから大熊好子さんのご様子、村上さんからたんぱく質の話

 

060514(日)●集会は高木、大山、山本(使徒)●療養のために三重県松坂市に転居された大熊好子さんが集会にご出席。もうお会いできないと思っていたので全員大喜び。いわき市に御主人を納骨された帰途に立ち寄られた。●大熊さんを囲んで8名で昼食。天国での再会もかくやと思われる喜び。大熊さんは体は痩せられたが霊の生命は相変わらず輝いておられた。感謝、感謝。聖書の次の2箇所を思い出した。

塚本訳 ルカ 15:32
15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。』」

塚本訳  Uコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

 

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大熊好子さんが来会。全員大喜び 手前は杉崎孝さん 2006514

もうお会いできないと思っていたが再会できて感謝。天国での再会もかくやと思った。

塚本訳  Uコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

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